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義仲戦記7「義高の覚悟」1183年3月

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二人は陣幕を潜り、本陣を出た。自分達の宿所に戻る為である。
本陣から少し離れた処まで来た時、そこに少年が一人、松明の灯りの横で二人を待っていた。
二人が近付くと、その少年は土下座し、

「僕!いや!私も、
連れて行って下さい!鎌倉へ・・・
義高さまと一緒に!
お願いします!義仲様!」

いきなり言われて二人は驚き、顔を見合わせた。この二人の親子は、義仲とその嫡子義高である。

「小太郎幸氏。お前も聞いていたのか。我が軍は本陣での事が筒抜けだな。これは気を付けなければならん。そうだろう?義高」

義仲は悪戯っぽい流し目を、横に居る義高に送る、

「あ・・申し訳ありません・・
父上・・あの・・」

と、
義高が返事に困っていると、
そこへ被せるように、

「す、すみません!義仲様!
どうしても義高さまの事が気にかかり、それで・・その・・」
海野小太郎幸氏[信濃の大武士団滋野一族の一つ海野氏。後の真田氏の祖]は悪戯がバレた子供のように顔を上げられなかった。そんな様子を面白そうに、そして愛おしそうに見ていた義仲は、

「もう良い。小太郎幸氏。今日はもう遅い、宿所に戻れ。余り遅くまでお前を引き留めていると、私が海野幸広[小太郎幸氏の父]どのに叱られてしまうからな」

優しく言ってやった。

「は、はい!呼び止めてしまってすみませんでした!それでは、おやすみなさい義仲様。おやすみなさい義高さま」
と、
二人に頭を下げて海野幸氏は、とことこと戻って行った。テンパっていたのだろう。お願いの事などコロッと忘れて。
それを見送っていた二人は、

「義高。お前はいつも幸氏と一緒にいるのだろう?」

「はい父上。とても楽しいです。幸氏といると」

「そうか。お前達二人を見ていると、まるで私と兼平が幼かった頃のようだと、いつも思う」

義仲は遠い眼をして、昔の事を少し思い起こしていた。すると義高が、義仲の顔を見上げ、

「えっ。では私と幸氏は、父上と兼平おじ様のようになれますか?」

眼を輝かせて聞いてきた。

「勿論なれる。いや、お前達は私達以上になれるさ、必ずな」

義仲は自信を持って請け負った。義高は嬉しそうに、

「そうですか!それは幸氏も喜びます!
幸氏はいつも、いつか必ず四天王と呼ばれるようになりたい、と言っておりますから!」

「それは頼もしいな」

義仲は言いつつ、気持ちを切り替えるのに苦労していた。それは、これから親子二人で、少し辛い話しをしなければならなかったからである。

事の発端は本当にツマらない事であった。義仲の嫡子義高が元服した直後に、甲斐[山梨県]の武田五郎信光[アノ武田氏の祖]という武将が、義高を自分の婿にしたいと、いきなり話しを持ち掛けて来たのであった。
義仲にとって義高は自分の跡取りなのだ。そんな話しを受ける訳が無いし、そもそもそんな話しを持ち掛けて来る武田の方もどうかしている。武田にしても自分の跡取りを婿にと言われたら、当然そんな話しを受ける訳無いからだ。
だがココで武田は何を逆上したか知らないが、その婿取りに失敗した事を隠して、鎌倉の頼朝に、

「義仲は、頼朝をいつか討ち果たしたい、と事ある毎に申しております。ココはヤられる前にヤりましょう」

と、逆恨みして有る事無い事チクッたのだ。
いや、全て無い事である。
口から出任せだ。
一言で言えば嘘なのであった。
武将の嫉妬とは、いや、男の嫉妬とは、これ程にも怖ろしいモノである。が、頼朝はこの嘘のチクりを政治的に利用しようとする。それは嘘のチクりを信じたフリをして、ライバルである義仲を蹴落とし、自分の下に置こうとする企みである。
その為だけに今回、頼朝勢十万騎による信濃[長野県]侵攻が行われたのであった。しかも頼朝は武田が隠している事、つまり婿取りに失敗した事をどうやら知っていたらしい。何故なら、この時、頼朝が出して来た和睦の条件は、義仲の嫡子義高を、今度は頼朝の婿にする、という事であったのだから。コレは頼朝が武田のアイデアをパクった事を意味する。
さすが頼朝。こういう事を平気でヤるツラの皮の厚さが政治家頼朝の真骨頂ではある。

一方、義仲としては、この嘘のチクりから始まり、因縁を付けに来ただけの頼朝勢とは、初めから戦うつもりなど無い。ココで源氏同士が相撃つ事にでもなれば、悦ぶのは平氏であるから、無意味だと思っていた。そして何より、そんなツマらない事が原因の戦さで、大事な自分の麾下の武将達を失う事など耐えられなかったからである。

という訳で、義仲はこの義高の婿入りの条件を呑んだ。それにより戦闘は回避された。しかし苦渋の決断であった。それにより嫡子義高を鎌倉へ送らなければならなくなったからである。

宿所に戻った義仲、義高親子は、宿所の一室で向かい合っていた。床机[椅子]に腰を下ろして。そして義仲は子の義高に向かって問いかけた。

「いくつか聞きたい事がある。義高、お前は何故、鎌倉へ行く事を決心したんだ?」

「はい。それは」

「待て。婿にする、とは言っているが、人質だぞ。それでも行くのか?」

「はい」

「では理由を聞こう」

義仲は問うている。
義高は、迷わず、気負わず、言い淀まず答えた。

「はい。私は私のやり方で、いや、私にしか出来無いやり方で父上と共に戦いたかったのです」

「お前しか出来無い戦いか。それが鎌倉行きを決めた理由なんだな?
では、その戦いはもう始まっているのか?それともこれから始まるのか?」

「戦いはもう始まっております。そしてこれからも続くでしょう。しかし、今回の敵との戦いは、私の勝利です」

自信ありげに義高が言った。
義仲はさらに、

「ほう。義高、お前は今回頼朝に勝ったというのか。面白い。
それはどういう事だ?」

「はい。それは私が人質になる事で、父上の信頼する我が軍の武将を、一人も欠ける事無く父上の元に帰す事が出来ました」

誇らしげに話す義高を見つつ、義仲は内心では驚いていた。また感心していた。それは十一才の義高が、義仲の本心を正確に見抜いていたからである。

義仲としては、今回のようなくだらなく無意味な戦さで、一人として麾下の武将達をはじめ、兵達も失いたくなかったのである。義高は、その義仲の本心を見抜き、それを踏まえた上で、人質になる事を決意したのであった。
義仲は不意に何かが込み上げて来た。が、じっとそれを押し殺し、言った。

「義高。この義仲は、お前を子に持てた事を誇りに思う。では覚悟は出来ているのだな」

「はい」

義高は、穏やかに、しかし決然と応えた。

「では、最後に一つ聞かせてくれ。
義高、お前は先程、私と共に戦うと言ったが、一体、誰と戦うのか?
何と戦うのか?」
「はい。それは誰と、という事ではありません。私は父上と共に、悪意と戦っていこうと思っています」

この義高の答えは、義仲の度肝を抜いた。

(義高
 お前はこの父など足元にも及ばない
 武将になるかも知れん

 悪意と戦う、か。

 であれば今回は義高、
 お前の大勝利だ。
 確かに悪意を
 撥ね退けたのだからな。

 有難う義高。
 もうお前は一人前の武将だ。
 安心して鎌倉へ
 送り出す事が出来る。
 では、
 別の場所で共に戦おう義高。

 お前の言うその悪意と )

義仲の心の中に、何かが満たされていく。

「解った。それではあらためて私からお前に命じる。
義高。鎌倉へ行き頼朝の婿になれ。
そしてお前の言う、お前だけにしか出来無い戦いを続けろ。良いな」

「はい。この義高は父上の命令に従います」

義高は頭を下げて、父親の命令を受けた。歴戦の武将のように。

と、
「あの・・・父上?
一つお願いがあるのですが・・・
よろしいでしょうか?・・・」

急に、十一才らしい子供のように戻って言う。一瞬前までの堂々とした言葉や態度からすると、まるで別人のようであった。

義仲にとってこの落差が堪らない。いつの間にか心が軽くなっている事に義仲は気付いた。

義仲は微笑みながら、
「何だ義高。お願いとは?」
聞いた。

義高は決心したように、
「幸氏が言っていた事と同じなのですが・・私が鎌倉に行く時、幸氏と一緒に行きたいのです!
私は鎌倉でも、どこへでも行きますが、
幸氏と一緒じゃないとヤなのです!
お願いします!父上!」

これを聞いて義仲は、胸を衝かれた気がした。それは義仲にとって痛い程、良く解る気持ちだったからである。

義仲も、兼平と一緒なら、
どこへでも行ける、

思っているのだから。

(そうか。
 お前にとって幸氏は、
 私にとっての
 兼平のような存在なんだな。
 まったくお前は
 私に似ているよ 義高)

義仲は思っていたが、ふと見ると義高が心配そうな顔をして、義仲の顔を見上げていた。

「いや、私はお前を鎌倉に行かせるなら、共に付けるのは小太郎幸氏しかいないと最初から考えていた。
では明日、海野幸広どのの処へ二人でお願いに上がろうか。どうだ義高」

聞くと、

「はい!ありがとうございます父上!では明日、共にお願いに上がりましょう父上!約束ですよ!」

義高は最高の笑顔で、父義仲と約束を交わした。

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