義仲最期の戦い
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義仲最期の戦い

〇元暦元(1184)年1月20日

〇滋賀県大津市


勢田(今井)800 
一口(志田)600
宇治(仁科・高梨・山田) 500


1月13日頼朝軍勢が数万騎、美濃・伊勢に

義仲は都に入るルートにある宇治川・琵琶湖の勢田の橋を外し乱杭をうって大綱をはり、逆茂木をつないだ。宇治川、勢田、一口坂に兵を分け置いた。

頼朝軍勢は二手に分かれ勢田、宇治川へ。宇治川は義経が率いていた。

宇治川は狭く陣を広げられなかったので義経は人家に火をかけ場所を作った。

義仲軍勢は驚き、敗戦を予感した。

義経の軍勢は宇治川の流れもものともせず川を渡って、長瀬がまず討ち取られた。

根井・楯も宇治川で奮戦したが討たれた。

義経は戦は武士たちに任せ後白河法皇のもとに向かう。

義仲が松殿の屋敷を出た時には遅かった

義仲数万の軍勢の中を戦いながら勢田へ向かう

勢田の今井の軍勢は50余騎まで討たれていた。

義仲と今井は奇跡的にめぐり逢うが、7騎まで討ち果たされてしまう。

長野県木曽町日義地区にある「木曽義仲」の顕彰施設です。リニューアルオープンは2021年7月4日! 義仲館の展示作品の背景にある「歴史」「伝承」「文学」をやさしい文章で紹介します。 収録伝承600以上。地図と共に掲載しています。