義仲戦記13「倶利伽羅合戦①」1183年6月
「敵の義仲勢は戦意が高く勇猛でしたが、やはり我らより兵の数が少ないと思われます。
敵方の先頭部隊は、我らを全滅するつもりで追撃を掛けて来ました。これは少しでも兵力差を縮め、我ら平氏方の兵を減らそうとする行為に間違い無いと思われるためです。」
越中前司平盛俊[平氏の家人]が、そう報告すると、
「ふむ。忠度どの[清盛の末の弟]の予測していた通り、やはり義仲勢は全軍で四、五万騎、と言うところだろうな・・・」
平氏方追討軍大手[主力部隊]の総大将平維盛[清盛の孫。重盛の嫡男]が考え込む。
と、
「御懸念には及びませんよ!維盛どの!」
威勢よく声を上げたのは大将軍の平経正[清盛の弟経盛の嫡男。敦盛の兄]だった。
「敵義仲勢が全軍で五万騎なら、我ら大手の軍勢だけでも充分戦さに勝利する事が出来るでしょう。
何せ我らは大手だけでも七万騎。
それに忠度どのの搦手[別働隊]三万騎の軍勢に対処する為に、義仲が兵を分けたとしたら、更に兵力差が拡がっている筈ですからね!」
もう勝ったつもりの経正である。が、実際その通りなのであった。
すると、
「経正どのの言う事は正しい、と思います。どうです?通盛どの」
同じく大将軍の平清房[清盛の末子]が、隣に居るこれも大将軍の平通盛[清盛の弟教盛の嫡男]に訊くと、
「私もそう思います」
と同意した。
二人の大将軍の遣り取りを満足そうに聞いていた経正が、
「今ここで心配しても始まらないでしょう。
それに戦場になるのは砥浪山を越え、越中[富山県]砥浪平野の何処かになる筈。戦さは早くて明後日あたりになるでしょうね」
断言した。
と、
「総大将維盛様。大将軍の御三方の仰るとおりです。ここは先を急いだ方が宜しいかと」
平泉寺長吏斉明[有力寺社平泉寺の僧兵団の僧兵]が駄目押しした。
「解った。先を急ぐとしよう」
総大将維盛が言う。
維盛は盛俊を見て、
「御苦労だった盛俊。ではお前はこれより志雄山に向かっている忠度どのの率いる搦手の軍勢に合流してくれ」
命令する。
「はっ!」
盛俊は頭を下げ、本陣から出て行こうとしたが、ふと気付いた事を言っておこうと思い、
「あと一つだけ申し上げておきたい事が有ります」
振り向きざまに言った。
「何だ?申してみよ」
維盛が促すと、
「はっ。敵の義仲勢の事です。
昨日やり合ってみて判ったのですが、敵の先頭部隊は強いです。
もし敵と遭遇しても無闇に攻め掛からない方が宜しいかと。先程も言いましたが、敵は数が少ないので我らの兵の数を減らそうと前掛かりに攻めて来ます。これに付き合わずにいれば、こちらの損害も多くは出さずに済むでしょう」
「成る程な。良く解った」
維盛が肯くと、
「下手に相手に付き合った結果、私は二〇〇〇騎を喪ってしまいましたから」
盛俊が口惜しさを滲ませながら言う。が、一瞬で表情を引き締め、
「二度はやられません!越中前司平盛俊これより搦手の忠度様の許に向かいます!」
もう一度頭を下げ、盛俊は陣幕を潜り出て行った。
そして盛俊は生還した三〇〇〇騎を率い、先に志雄山方面に向かった搦手の軍勢と合流する為、北へと進軍して行った。疲れてはいたのだが、休む暇も無く。
「では我らも出発するとしよう」
総大将維盛が言うと、
「おおっ!!!」
大将軍、侍大将らが応じ、平氏方追討軍大手七万騎の軍勢は、東へと進軍を開始した。砥浪山方面へ向かって。
↑ 義仲の生涯がラップでわかる!
義仲戦記の現在地も歌でばっちり!
「軍議など必要無い!
お前らはこのワシの命令に従っておればソレでいいんじゃ!」
「しかし・・・」
「お?何じゃ?このワシに何か文句でも有るのか?
この大将軍新宮十郎蔵人行家に口答えするという事は、お前らの主君でワシの甥義仲に刃向かうのと同じ事じゃぞ!」
無茶苦茶な事を怒鳴っているのは新宮十郎行家。
義仲の叔父にあたり、言わずと知れた歩く不幸の手紙ことリアルチェーンホラー&困ったちゃんのこの男である。
義仲勢は大手[主力部隊]三万五〇〇〇騎と搦手[別働隊]一万五〇〇〇騎の二手に軍勢を分け、それぞれ大手は砥浪山方面へ、搦手は志雄山方面へと進軍しているのであったが、早速この搦手志雄山方面大将軍[義仲勢別働隊志雄山方面軍司令官]に任じられた新宮行家は、その困ったちゃん振りを遺憾無く発揮していた。
この困ったちゃんのお守りをしなくてはならなくなった被害者は搦手に配属された義仲勢第一軍大将の落合兼行[四天王樋口兼光、今井兼平の弟]、富樫入道仏誓[加賀の武将]と、第二軍大将の楯親忠[四天王。同じく四天王根井小弥太の弟]、津幡隆家[加賀の武将]である。
「判ったな!では解散じゃ!
もう一度言っておくぞ!
お前らは戦さになったらワシの命令だけ聞いておればいいんじゃ!」
更に言い募り、その場から立ち去ろうとする行家を、
「待って下さい」
落合兼行が引き留めようとするのを、
「くどい!」
怒鳴り付け、勝手に立ち去ってしまった。
「アレでも河内源氏の武士なのか?いくら義仲どのにとって叔父とは言え、アレを大将軍に任じるなど、義仲どのは人を見る眼が無いのか」
とことん正直な感想をもらしたのは津幡隆家。
と、すぐさま、
「これっ!お前はいつも一言多い!行家どのはともかく、義仲様に対しては口を謹め!」
富樫入道仏誓が窘めた。
「でもな入道サマのオッさん。俺はアレの下で戦って、勝てる気がしねぇんだけど。義仲どのは勝つ気が有るんだろうな」
「隆家!お前は何て事を!」
仏誓が声を荒げた。
と、
「はははは!心配は無用だ、津幡どの。
我らが義仲様は常に勝つ事しか考えていない」
義仲四天王の一人楯親忠が笑いながら言う。
続けて、
「確かに行家どのは一応、我が搦手勢の大将軍には就任されている。
一応はな。
だが良く考えてくれ津幡どの。我が搦手勢の指揮はそれぞれ、第一軍九〇〇〇騎は大将の落合兼行、富樫仏誓どの。第二軍六〇〇〇騎は大将の津幡どの、私が任されている。
いくら大将軍行家どのが大声を張り上げようとも、彼に従う者は、おそらく彼の手勢五〇〇騎くらいのものだろう」
言った。
「て事は、アレ[行家]の命令には従わなくていいのか?」
津幡隆家が少し驚いた表情で言うと、
「一応、命令には従うさ。それがその状況で妥当な判断の命令であれば」
楯は笑顔で答えた。
と、
「楯どの。そうで無い場合にはどうなさるのです?」
富樫仏誓が真剣な表情で問う。
「その時は我ら四人で判断し、状況に対処すれば良いだけですよ」
楯が軽く言った。
が、重大な事をさらっと言ってのけたのである。
つまり、搦手大将軍行家[一応]の判断や命令が間違ったものであった場合には、その命令には従う必要は無い、と言っているのだから。
「あはははは!解った。了解だ。
いやぁ楯どの、安心したぜ。これで心置きなく戦えるってもんだ!」
隆家が豪快に笑った。
と、
「義仲様も、そうお考えですか?」
仏誓がまだ心配そうに問う。
「大丈夫ですよ。義仲様は戦さに勝つ為の行動であれば、私達の判断を蔑ろにする様な人ではありません」
落合兼行が静かに断言すると、
「そう。だから心配は無用です富樫どの。
大将軍がアレ[行家]では少しやり難いかも知れないが、どんな状況であれ勝つ為の最善の判断をしていれば、義仲様ならそれを良しとされる事は間違い無いですから」
楯が引き継いで、これも断言した。
「成る程、良く解りました。いや、拙僧も少し行家どのの言動に不安を感じていたもので」
「何だよ。入道サマのオッさんもかよ」
隆家が混ぜっ返すと、
「そりゃそうじゃろ。あんな物言いをされてはお前で無くてもカチンとクるじゃろが普通」
そんな遣り取りを笑いながら見つつも、楯は落合兼行に目配せをした。
(それでも義仲様の叔父である行家どのを敵に討たれる様な事があってはならない。解っているな。兼行)
楯が眼でそう言っていた。
兼行もその事は理解していた。
おそらくその為に自分が第一軍に配属されたであろう事も。
兼行も無言で楯の眼を見つつ、少し頷いて応えた。
そして、
「さて解散して、行軍を再開しましょうか。私は大将軍どののところへ行き、お守りをしなければなりませんから」
と、
兼行は殊更明るく言い、三人を爆笑させた。
程なく義仲勢搦手第一軍、第二軍併せて一万五〇〇〇騎は、志雄山方面へと進軍を再開した。
☆
「我ら大手の軍勢は、これより各軍が別行動に移る」
軍議の席で総大将義仲が言った。
この席に集まっている武将達の眼付きが変わる。
「先ず、
第三軍。
大将は仁科盛家、葵御前、岡田親義[信濃の武将]、藤島助延[越前の武将]は七〇〇〇騎を率い北黒坂へ向かい、そこに布陣。
第四軍。
大将は樋口兼光[四天王筆頭]、千野光広、村山義直[信濃の武将]、林光明[加賀の武将]は七〇〇〇騎を率い、南黒坂から敵平氏方の進軍路を大きく迂回し、加賀に回り込んでくれ。
林どの、道案内は任せる。いけるか?」
義仲が訊いた。
「はい。大丈夫です。しかしあの道は馬が一列で通るのがやっとの道です。加賀側に回り込むのは少々時間がかかってしまうかも知れません」
林光明が冷静に答えると、
「解った。時間はかかっても良い。が、敵にだけは気付かれてはならん。くれぐれも慎重に行動してくれ。急がず、焦らずにな」
義仲が穏やかに指示すると、樋口、千野、村山、林が無言で肯いた。
続けて、
「第五軍。
大将は根井小弥太[四天王]、海野幸広[海野幸氏の父。信濃の武将]、稲津新介実澄[越前の武将。平泉寺長吏斉明のいとこ]は九〇〇〇騎を率い、黒坂のふもと松長の柳原の林の中に布陣。
第六軍。
大将は今井兼平[四天王。同じく四天王の樋口兼光の弟]、手塚光盛[信濃の武将]、那波広純[上野の武将]、斎藤太[越前の武将]は六〇〇〇騎を率い、鷲の瀬を渡り日宮林に布陣」
と、ここまで言った義仲は言葉を切り、第六軍の四人の武将を見つつ、
「第六軍には先の戦闘[般若野の戦い]で少し無理をさせてしまったが、これからも働いてもらわなければならん。頼むぞ」
労いつつも命じた。
「「「「はっ!」」」」
兼平、光盛、広純、斎藤太が応じた。
「そして第七軍。
大将は巴御前、多胡家包[上野の武将]、信太義憲どの[義仲の叔父にあたり、常陸信太の武将]、宮崎長康、石黒光弘[越中の武将]は六〇〇〇騎を率い、小矢部の渡りを越え砥浪山北端の羽丹生に陣を構える。
この第七軍を本隊とし、総大将として私。
そして祐筆[秘書、書記]の大夫坊覚明が同道する。
第七軍の指揮は巴、お前に任せる」
義仲が巴を一瞥し命じると、巴は少し表情を緩め、
「はい」
応えた。
が、見ている者にとっては蕩ける様な笑顔に見えていた。
さすが戦う美少女巴、と言ったところか。
「大手の軍勢全体の指揮は私が取るが、その他の指示は各軍の大将が行ってくれ。以上だ」
義仲が指示し終えると、
「では我ら第四軍はこれより一足先に出陣いたします。
行軍距離が長い以上、出発は早い方が良いでしょうから」
樋口兼光が立ち上がりながら言った。
「そうだな。兼光、頼んだぞ」
「はっ」
兼光が応じ、千野、村山、林も腰を上げ、義仲に一礼すると、
「敵と戦端を開くのはいつでも良い。第四軍の行動に大手の我らは全て合わせる」
最後に義仲が言った。
「承知しております。では」
樋口兼光は表情を引き締め、三人を引き連れ陣幕を潜り、出て行った。
「一ついいすか?義仲様」
ふと、根井小弥太が手を挙げて言った。
第四軍諸将を見送っていた全員が小弥太を見る。
「どうした?小弥太。策[作戦]に不明な点でもあるのか?」
義仲が訊くと、
「いえ。ただこの前の第六軍の行動[般若野の戦い]と言い、今の第四軍の行動と言い、義仲様の狙いはある程度解ったんすよ、俺は。
要は敵平氏方に越中砥浪平野まで進軍させると、大軍同士の数の勝負になるから、ソレを回避した訳すよね」
小弥太が答えると、義仲は微笑しながら、
「その通りだ。であれば今回の策[作戦]の事も解ると思うんだが」
言うと、小弥太は手を振りながら、
「いえいえ。ソレは解ってんですケド、俺が訊きたいのは義仲様はいつ、この策[作戦]を思い付いたのか、って事で」
「ああ。そう言う事か」
義仲は小弥太が何を訊きたいのか、ここで理解した。
「去年、宮様[北陸宮。以仁王の第二皇子]が私を頼り北陸に来られた時、宮様に御目通りし御挨拶する為に、私はここを通った事があったんだ。
強いて言えば、その時、と言う事になる」
義仲が事も無げに答えると、その場に居る麾下の武将達全員が息を呑んだ。
「・・・去年の時点で・・・義仲様はそんな前から、この様になる事を判っておられたのですか・・・」
葵御前こと、アクティブクールビューティー葵が声を震わせながら呟いた。度肝を抜かれた、のである。
と、
「いや、そうでは無い。ただ常に相手の方が兵の数が多くなる、と言うのは覚悟していたから、どうやったら少ない兵で勝てるか、という事だけをいつも考えているからな、私は。
それに武士、と言う者は大抵そんな事ばかり考えているものだろう?」
義仲が一同を少し不思議そうに見ながら言うと、
「・・・やっぱ義仲様はスゲぇや・・・」
小弥太も呟く。
ふと横を見ると、眼をキラキラ輝かせ義仲を見詰めている稲津新介も、
「これが河内源氏・・・この人が源義仲様・・・何て凄い人なんだ・・・」
茫然としながら呟いている。
新介の顔が紅潮していた。その様子を横眼に見ながら、
「有り難う御座います義仲様。俺はソレだけが解らなかったもんすからね。コレで気掛かり無く戦さに臨めますよ。な!新介どの!」
小弥太が隣にいる新介の肩をどやしつけると、
「は、はいっ!義仲様が凄い人、だって事が良く解りました!」
と、我に帰った新介が正直過ぎる感想を頓珍漢に答えると、この軍議の席が一気に和んだ。
そんな新介や小弥太を見つつ、巴は、
(本当。新介どのの言う通り義仲様は凄いひと。私達とは違う特別なひと。誰よりも優しく、誰よりも強い。そしてその事に自分では気付かないひと)
想っていた。
いつの間にかその綺麗な瞳は義仲を捉え、そしてそこから眼を離す事が出来ないでいた。
そんな巴の胸中には暖かくも、誇らしく、焦がれる様な想いが満ち溢れていたのであった。
「第三軍七〇〇〇騎!北黒坂へ出陣します!」
「第五軍九〇〇〇騎!松長の柳原へ出陣!」
「第六軍六〇〇〇騎!日宮林へ出陣いたします!」
仁科盛家、根井小弥太、今井兼平が叫ぶと、義仲は頷き、各軍の出陣を見送っていた。
と、
「第七軍。準備完了しました。義仲様、私達も羽丹生へ向けて出陣いたしましょう」
戦う美少女巴が声をかけて来た。
その巴の瞳にほんの少しの緊張が宿っているのを見た取った義仲は、
「解った。巴が指示に従おう」
表情を緩め、穏やかに、そして優しく答えた。
そんな義仲の態度を見た巴は、
(あ。あたし、知らないうちにちょっと気負ってた・・・)
自分自身のメンタルコンディションに気付いた。
つまり肩に力が入り過ぎていたのである。
巴は、ふうっと息を吐くと、いつもの戦う美少女巴に戻り柔らかな表情で、
「では義仲様。第七軍本隊六〇〇〇騎。羽丹生へ出陣します」
何の気負いも無く宣言すると、
「おおおおっ!!!」
義仲を含め、第七軍六〇〇〇騎が応えた。
義仲勢大手の軍勢は、ここに五手に分かれて各々の布陣する場所に向かい進軍して行った。
☆ ☆
「おお!盛俊!御苦労だったな!」
平氏方追討軍搦手大将平忠度が、越中前司盛俊を出迎えて言った。
三〇〇〇騎を引き連れ、志雄山方面へと先に進軍していた搦手勢を追い掛けて来た盛俊は、
「どうやら戦さになる前には追い付く事が出来ました」
馬を降りながら言った。
平氏方搦手の軍勢は、盛俊の部隊と併せて三万三〇〇〇騎となった事になる。
と、
「早速だが、義仲勢の様子はどうであった?」
大将軍忠度が訊く。
「はっ。義仲勢は戦意も高く、統率も取れて強い、という印象を受けました。が、やはり忠度様の仰っていた通り、兵の数は多くて五万騎程かと」
盛俊が答えると、考えを巡らせながら忠度が、
「成る程。盛俊、お前が二〇〇〇騎喪ったという事は、敵はこちらの兵の数を減らすつもりで追撃に次ぐ追撃をかけて来た、という事になるな・・・」
呟く様に言うと、
「その様に思われます。しかし、義仲勢が軍勢を分けたかどうかまでは判りませんでした」
「ふむ」
「申し訳ありません。忠度様」
「いや。詫びる事は無い。敵の兵力は我が追討軍の半数。しかも我々は先手を取り続けているのだから、心配する事はあるまい。
いくら義仲勢が戦意が高い強いと言っても、結局はこちらの攻勢に対応しているに過ぎ無いのだからな」
忠度が慎重に言ったが、その口調に不安は微塵も無い。
と、ここで盛俊が、
「忠度様。一つお願いが有るのですが」
言うと、
忠度は表情を緩め、
「盛俊。お前の願いは解っているつもりだ」
答えた。
盛俊が驚いて顔を上げると、忠度は続けて、
「それでは出発だ!行軍を再開する!全軍、準備にかかれ!」
声を張り上げて指示した。
と、
「次の戦さでは、盛俊!お前に我が軍の先陣を切ってもらう!良いな!」
「はっ!」
こうして盛俊の願いは叶えられたのであった。
程なく、平氏方追討軍搦手の軍勢三万三〇〇〇騎は、全軍で動き出した。
北陸の地で、いよいよ大戦さが始まる。
そして今、この北陸の能登、加賀[石川県]越中[富山県]では、義仲勢五万騎余、平氏方追討軍十万騎余、両軍合わせて十五万騎以上の大軍勢が各々、勝利する為に、いや、勝利する為だけに駆け回っている
☆ ☆ ☆ ☆
「先頭に連絡して。旗を三十本、手筈通りに陣の前に打ち立てなさい」
義仲勢大手第七軍大将巴御前、戦う美少女巴が郎等らに指示した。
「はっ!」
郎等らが応え、駆け去って行く。
義仲勢第七軍本隊六〇〇〇騎は、予定通り砥浪山の北端の羽丹生に陣を構えていた。
巴が振り向いて義仲を見ると、義仲は力強く肯いた。
程無く、陣の前方に源氏を示す白い旗が掲げられ、その三十本の長く白い旗が風に靡いている。
義仲は馬上でその光景を見つつ、周囲をぐるりと見渡していたが、ある一点に眼を留めると、そこをじっと見ていた。
と、
「どうしました?義仲様」
巴が不思議そうに綺麗な瞳を大きく見開きながら、馬を近付けて来た。
「いや。あそこに」
義仲が、そのある一点を指差すと、夏山の峰の濃い緑の樹々の間に朱塗りの垣と鳥居が見える。
「神社。ですね」
巴も義仲の指差す方向を見て応じると、
「ああ。あれは何と言う神社だ?どう言う神を祀っておられる?」
義仲が、宮崎長康と石黒光弘に向かって訊くと、
「八幡の神でいらっしゃいます。確か埴生八幡宮とか」
と包帯だらけで、左手を首から釣っている宮崎が答え、
更に、
「宇佐の八幡宮を勧請した、と伝えられています。それと都の石清水八幡宮の分社とも言われていますが・・・」
石黒も答えた。
「この山の土地もあの八幡宮の御領地ですよ」
宮崎が引き継ぎ、義仲の問いに答えた。
と、義仲は少し考え込むと、ふと明るい表情になり、
「覚明。私は八幡様の御地所で合戦する事になった。
そこで八幡様に対し奉り、お詫びと祈祷の為に願書を書いて奉納したいと思う」
「誠にそれが良いと存じますよ。書きますか?」
覚明が応え馬から降りると、何処から出したのか素早く小硯、筆、折り畳まれた紙を取り出すと、姿勢を正した。
すると義仲は願文の内容をすらすらと言い出した。
覚明はこれを一言たりとも逃さずに、紙に書いていく。
口述筆記、という訳だ。
気が付くと、義仲は口上を言い終わり、覚明は願書を書い終えていた。
時間にして五〜六分くらいである。
物凄い早業である。鮮やか、と言い換えても良い。
その二人を呆気に取られた様に見ていた巴、宮崎、石黒だったが、
「出来ました」
との覚明の声に、はっと我に帰ると、
「速っ!」
巴が思わず言った。
その願書には、まぁ長々と小難しい事が書いてあるのだが、掻い摘んで言うと、
『近年、平清盛がこの日本を好き勝手に支配し万民を苦しめているので、この義仲としては微力ではありますが運を天に任せ、この身を国家、万民に捧げ、義兵を挙げてこれを討伐しょうと思います。
そして今、合戦を交えようとするこの場に於いて八幡神の神殿を拝した事は誠に有り難く、また私の祈願を納受して下さる事は明らかです。
私の曽祖父源義家[河内源氏歴代の中での最大のヒーロー。義仲も無論、義家を自分のヒーローと思い尊敬している]が八幡神に帰属し、八幡太郎と号してから今日まで、源氏一門は長年に渡り八幡神に帰依して来ました。
私は国家の為、秩序の為、主上の為、万民の為に決起したのであって、家の為、己の為に起ったのではありません。何とぞ神の御助力により勝利を収める事が出来るよう、御加護を御与え下さい』
と言った事柄であった。
義仲は願書に一通り眼を通すと肯いた。
これで良し、という事なのだろう。
そして願書に鏑矢を添えると、巴、宮崎、石黒ら、主だった武将達もこれに続き、八幡神の神殿に十三本の鏑矢を奉納したのである。
と、ふと空に眼をやると、八幡大菩薩の御神威か、はたまた八幡霊神の御助力なのかは判らないが、その時、何故か先程掲げた源氏の白い旗の上を山鳩が三羽飛び来たり、くるくると旋回して飛んでいた。
これに気付いた義仲は馬から降り、手を洗い、口を漱ぎ、この三羽の鳩を拝した。
この鳩は八幡神の御使いである、と行動で示した義仲。
巴、宮崎、石黒以下の武将達や兵達も倣い、聖なる鳩を拝した。
武将達や兵達の心の中では、
(確か義仲様の先祖八幡太郎義家朝臣も、陸奥戦役[安倍頼時、貞任との前九年の戦い。清原家衡との後三年の戦い。東北地方の岩手、秋田での大合戦]の折、鳩が姿を現し、戦さに於いて勝利した、という故事が有った筈だ。
そうか!
では我らの戦いに八幡神が御助力を下さるべく、聖鳩を御遣わしになられたのか!であれば今度の合戦に敗ける筈が無い!)
こう思い、来たる平氏方との戦いに闘志を掻き立てていた。
兵らの不安は解消された。
いくら強い義仲勢とは言っても、そこは人間である。
不安もあれば、敵を怖れる気持ちも湧いて来るのは仕方が無い。
しかし、総大将である義仲のこの行為によって、将兵らの心の片隅にあった怯懦な気持ちは、完全に前向きな闘志に変換されていた。
誰であれ神が味方に付いてくれている、と思えば心強くなるものであるし、何より縁起が良い、と思えば気分も良くなるのであるから。
と、
「皆、見ろ!第三軍、第五軍、第六軍も布陣したようだぞ!」
義仲が周囲の山々を見渡しながら叫んだ。
巴、宮崎、石黒以下の武将らも周囲を見渡して見ると、砥浪山系の山々には第三軍の陣地北黒坂、第五軍の陣地松長の柳原、第六軍の陣地日宮林の他にも、山の尾根や頂上に源氏を示す白い旗が所々に翻っていた。
各軍も迎撃の態勢が整った、という合図であった。
「それでは第七軍もこれより陣地に戻り、敵平氏方を待つわ!いい?」
戦い美少女巴が馬に乗りつつ命じると、
「おおおおーーーーっ!!!!」
第七軍全軍が応えた。その雄叫びは緑の山々に反響し、白い雲がぽっかりと浮かぶ夏の蒼い大空へと吸い込まれていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「敵義仲勢を発見しました!」
郎等が報告して来た。
「兵の数は?」
平氏方追討軍搦手の大将軍平忠度[清盛の末弟]が訊く。
「その数およそ一万五〇〇〇騎!」
郎等が答えた。
「・・・義仲勢も兵を分けた、という事ですね?忠度どの」
同じく大将軍の平知度[清盛の第六子]が忠度に問う。
「そう思える。
であるなら義仲勢の本隊はおそらく砥浪方面で我ら平氏方大手の維盛どのの軍勢七万騎に対し、義仲勢本隊は三万五〇〇〇騎。
ここ志雄方面では我ら平氏方搦手の軍勢三万三〇〇〇騎に対し、義仲勢の別働隊は一万五〇〇〇騎。
計った様に敵は我ら追討軍の半分しかいないな。全てはこちらの思惑通りに状況は進行している」
忠度は不敵な笑みを浮かべ余裕を持って言った。
「良し!ここは早急に敵義仲勢の別働隊を撃破し、我らは砥浪方面義仲勢本隊の背後に回り込む!」
忠度は叫び、
続けて、
「では盛俊!先陣はお前に任せた!六〇〇〇騎を率い、大暴れしてやれ!」
「はっ!この盛俊の戦いを御覧に入れます!」
越中前司平盛俊も叫びながら応じ、六〇〇〇騎の軍勢を引き連れて義仲勢別働隊に突撃し行った。
(般若野での借りを返してやる!)
この思いと共に。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「敵平氏方が突撃して来ます!その数およそ六〇〇〇騎!」
郎等が報告した。
これを聞いた義仲勢搦手志雄山方面軍司令官新宮蔵人行家大将軍[長っ]は、
「分かった。では楯、津幡!第二軍の六〇〇〇騎を率い前面に出て敵の攻撃を阻め!我ら第一軍九〇〇〇騎はその後方に付く!」
大声で指示した。
「解りました」
楯親忠が応じ、津幡隆家と共に本陣を出て行った。
隆家は本陣を振り返りながら、
「何だ。結構まともに指示が出せるじゃないか。大将軍どのは」
隆家は当てが外れた、とでも言いたそうにしている。
「まぁ、ちゃんとやってくれる分には、こっちとしても文句は無いがな」
楯も微苦笑を浮かべつつ応じた。
さて、この義仲勢搦手の軍には楯親忠がいるのだ。
楯は眼が滅法良い。遠くのものを正確に見る事が出来、視野が広く、しかも遠くで起こっている事柄も逸早く把握出来る能力が有る。である以上、敵平氏方がこちらに気付く前に、義仲勢搦手軍は平氏方の軍勢の接近に気付いていた。が、この義仲勢搦手軍の大将軍は、かの新宮行家なのである。我らが大将軍どのは敵発見の報告に何も対応せず、ただ悠々と平氏方が突撃して来るまで何もしていなかった。
だが、変にヤる気を出されて、急に何かを思い付きおかしな行動に移られるよりはマシ、と思い、第二軍の楯や隆家、第一軍の落合兼行、富樫入道仏誓は何も言わずに行家に従っていたのであった。そして報告した後は何もせずに待っていると、いよいよ敵平氏方が突撃して来た。
しかし意外にも、この時の行家大将軍どのの指示はまともなものだったのである。ともあれ、敵が攻撃を掛けて来た以上、こちらも応戦するのが当然であった。
楯は馬に跨ると、
「第二軍!これより迎撃の為に出陣する!」
叫んだ。
「行くぞーーーっ!」
隆家も叫ぶと、
「おおおおーーーーーっ!!!」
兵達が応じ、義仲勢第二軍六〇〇〇騎は、平氏方の先頭部隊に向けて駆け出した。
ここ志雄山方面で、戦闘の火蓋が切って落とされたのである。
「矢を番えろ!」
隆家が命じつつ、自分も駆ける馬の上で矢を番え、敵に向け弓弦を引き絞る。楯も同じく馬上で、敵に向け矢を構えた。
敵平氏方との距離が一気に縮まった。
「射よーーーっ!」
楯が号令を掛ける。何千という矢が平氏方先頭部隊に向かって放たれた。
と、
「今だ!左右に分かれて義仲勢の先頭をやり過ごせ!」
平氏方先頭部隊の越中前司盛俊が叫ぶと、平氏方六〇〇〇騎は三〇〇〇騎
ずつ二手に分かれ、義仲勢第二軍の両側から一気に駆け抜けて行く。
「何だ?平氏の奴ら!何をする気だ!」
隆家が多少混乱気味に叫ぶと、
「落ち着け。津幡どの。敵は我らを通り越し後方の第一軍に向かっただけだ」
楯が静かに言った。続けて、
「第一軍は九〇〇〇騎。六〇〇〇騎の敵は対しては充分過ぎる程だ。ここは第一軍に任せよう」
「じゃあ楯どの、俺ら第二軍はこのままここで?」
混乱から素早く立ち直った隆家が問う。
「そうだ。我ら第二軍はここで敵の残り二万七〇〇〇騎の侵攻を阻む!」
楯が断固とした口調で言った。
「そいつは最高だ!」
隆家が明るく叫びつつ、次の矢を放った。
「良し!いいぞ!義仲勢の本陣に攻め掛かれーーーっ!」
平氏方先頭部隊の盛俊は、自分の策[作戦]が上手く行った事[義仲勢の先頭部隊をやり過ごし、その両脇を駆け抜けて後方の本陣に攻撃を掛ける]に充分な満足を得ながらも、表情は緩めずに、義仲勢の後方部隊に攻め掛かった。
そう、あの新宮行家が大将軍をやっている部隊へと。
「応戦しろ!」
落合兼行が落ち着いて指示した。
敵平氏方の行動に多少驚いた義仲勢第一軍ではあったが、その第一軍大将の落合兼行、富樫入道仏誓は落ち着き払っていた。
「敵の攻勢は一時的なものだ!もうすぐ止まる!それまで堪えろ!」
仏誓が命じた。
そう、第一軍は九〇〇〇騎、一方突撃して来た平氏方は六〇〇〇騎。
ここで慌てる必要は全く無いのである。平氏方の攻撃は激しいものであったが、義仲勢第一軍は動揺せず、これに対処していた。
が、
ここに思いっ切り動揺し、落ち着きの欠片も無くしている奴がいた。そう。あの志雄山方面軍司令官新宮行家大将軍その人である。
彼は弱い武将だ。と言うか駄目な人間であった。
今、行家大将軍は馬上で震えている。
しかし彼は敗け慣れている人間であり、しかも敗け続けているにもかかわらず、生き残ってココに居る人間なのだ。
つまりは決断だけは速い。彼はこれまで、不利になった[と思った]ら何はともあれ逃げよう!と決断し、それを恥ずかしげも無く実行して来たのである。
なのでココでも彼は決断した。
とにかく逃げる!
と。
そして行家大将軍はすぐに実行に移した。
「退け!退けぇーーーっ!」
悲鳴の様に叫び、逃げ出したのである。
義仲勢搦手軍の指揮を任された行家大将軍は全てを放り出して逃げ出したのである。
兵らにとっては堪ったものではない。
普通なら軍勢が瓦解してしまう様な愚かな行動である。が、この軍勢は精強を誇る義仲軍なのであった。
兵達は少し浮き足立ち動揺したが、この第一軍には落合兼行、富樫仏誓という有能な指揮官がいた。
兼行は間髪入れずに、
「私は第一軍の五〇〇〇騎を率い大将軍行家どのを守る!仏誓どのは残り四〇〇〇騎を率い、第二軍に合流し、敵の侵攻を阻んで下さい!」
冷静に対処し指示した。
「判った!行家どのは落合どのに任せた!では!」
仏誓が応じた。
これだけの遣り取りだけで、驚くべき事に義仲軍第一軍は動揺を収めることに成功した。
これは、楯、隆家、兼行、仏誓の四人で事前に決めていた事なのである。
行家大将軍どのはおそらく戦闘が始まり、少しでも不利になると後先考えずに逃げ出すだろう、
と。
その時の為に前持って対策は取っておいたのであった。
どんな駄目な奴であれ主君義仲の叔父、なのである。
駄目な奴だからと言って放って置く事は出来無い存在なのだ。
この行家という存在だけでも彼らにとっては困ったものであったが、この行家はその行動に於いても困ったものであった。
とにかくここで義仲勢は第一軍五〇〇〇騎、第二軍一万騎に分かれて戦わなくてはならなくなってしまったのである。と言うのも、第一軍は行家大将軍を守らなくてはならない為に、逃げ出した大将軍を追って後方の更に後方に退いてしまったからである。
平氏方先頭部隊の盛俊は、この後退した義仲勢第一軍五〇〇〇騎に対し、六〇〇〇騎で追撃を掛けていた。その様子を見ていた平氏方追討軍搦手大将軍忠度は、
「さすがだな!盛俊!これで我らは二万七〇〇〇騎対一万騎の戦さとなった!良し!我らもここで攻勢に移る!
越中次郎兵衛盛嗣![盛俊の子]上総悪七兵衛景清!二人に五〇〇〇騎ずつ、一万騎を与える!義仲勢の一万騎を、これで仕留めろ!」
喜び勇んで命じた。
「はっ!我らにお任せ下さい!行くぞ!悪七兵衛!」
「気負い過ぎだぜ、次郎兵衛ドノ?では忠度様、出陣いたします!」
二人の侍大将は闘志を身体中から発散しながら出陣して行った。
一万騎の軍勢を引き連れて。
「やっぱり逃げたよ。あの大将軍サマ」
呆れ果てた様子で隆家が呟く。
楯はそれを聞きつつ、行家が逃げた方向に無表情で冷たい一瞥をくれ、
「なに、最初からこうなる事は折り込み済みだったからな」
言い放つと、一転して表情を辛そうに変えて、
「我らは良いが、兼行にはロクでもない仕事をフってしまったな」
詫びるがごとく呟いた。
と、
「仕方無いですな。我らの中で一番人間が出来ている落合どのに、かの大将軍をお任せするしか無いでしょう」
仏誓が割り込んで来た。
どうやら仏誓は早くも四〇〇〇騎を率いて、第二軍に合流していたのである。
「そりゃそうだ。俺や楯どの、入道サマのオッさんなら、敵にヤられる前にヤっちまう危険があるからな、我らが大将軍サマをよ」
隆家が物騒な事を平気で言う。
「まぁ行家どのの事は兼行に任せよう」
溜め息と共に楯が言った。
続けて表情を改め、
「では第二軍一万騎は、これより敵の侵攻を阻む事を最優先に戦う。勝たなくて良い。だが、敗けは許されない。とにかく敵と距離を取りつつ戦う」
「我ら北陸勢が、ここ一ヶ月余りの間、ずっとやり続けていた事です」
仏誓が言うと、楯は頷き、
「そうです。が、退く事も許されない戦いになる。我らが退けば義仲様の大手本隊の軍勢が背後から平氏方に襲われる危険が生じてしまう。それだけは絶対にさせてはならん。
だから敵が攻勢に出て来ればこちらは一旦引くが、敵の攻めが鈍くなったと見れば逆にこちらが攻勢をかけ、一進一退の状況に追い込む事が、この場での戦いとなるでしょう」
楯が真剣な顔で言った。
「解ったぜ。じゃあ第二軍の指揮は楯どのが取ってくれ。俺とオッさんはそれに全て従う」
隆家が決心した様に言った。仏誓も力強く肯く。
「有り難う。では隆家どのは三五〇〇騎率い右翼に。仏誓どのも同じく三五〇〇騎で左翼に。私は残り三〇〇〇騎で中央に位置し敵を迎え撃つ。後はその場その場の状況によって指示を出す。これで戦線を維持する事にのみ集中する。いいな」
楯が陣形と目的を指示した。続けて号令をかける。
「では行くぞ!」
「「おおっ!!」」
隆家と仏誓が力強く応じた。
陣形を変えた義仲勢第二軍一万騎に、盛嗣、景清の平氏方一万騎が突撃を敢行したのは、それから間も無くの事である。
志雄山方面での激烈な戦闘が始まった。
後に、倶利伽羅峠の戦い、と呼ばれる事になる大合戦はこの様に志雄山方面の戦いと、砥波山方面での戦いの二つからなり、同時多発的で、しかも段階的に複合された一連の戦いの総称なのである。
だが戦いは、まだその内の一ヶ所で始まったに過ぎない。いくら激烈な戦いであっても・・・