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義仲ものがたり 第3話

~信濃源氏・長瀬義員が見た義仲~

大祝 金刺盛澄

神域って不思議だよなーって思う。
歴史の古い神社に来ると特に強く感じる。
背筋が伸びるような清々しい空気が漂っているのだ。

とはいえ、今日は、清々しいを突破した、ピリピリした痛いぐらいの空気になってるけども。

俺、長瀬義員は信濃国一ノ宮諏訪社にやってきた。
小県郡から和田峠を超え、眼下に青く輝く諏訪湖が見えてきたときは無性にウキウキした気分になったが、先を行く義仲様の淀んだ気配に旅の目的を思い出して心がヒュッと縮んだ。
手塚殿、今井殿もこころなしか足取りが重い。ともに諏訪社大祝金刺盛澄様にお目通りすべく。俺たちは粛々と歩みを進めた。


■第二話までのあらすじ
 長瀬義員は現在の塩尻市に住む木曽義仲の遠い親戚であり、友人である。長瀬は巴と同行し、滋野一族の海野家屋敷に訪問、木曽義仲の子・高寿丸と初対面した。巴は尊敬する女傑「海野の姉様」が義仲と関係していたことが面白くなかったが、義仲を縮小したような高寿丸の愛らしさにメロメロ。滋野一族は義仲の親族となり、今後の協力が期待されている。
 もともと義仲は諏訪社の婿だがまだ子がいない。出生を報告するため一行は諏訪に向かう。

■主な登場人物紹介
木曽義仲…木曽町在住。軍事貴族清和源氏の御曹司。かっこいい。
長瀬義員…塩尻市在住。信濃源氏。木曽義仲の古くからの友人。びびり。
今井兼平…松本市在住。義仲の乳兄弟。無表情でコワい。
巴   …木曽町在住。今井の妹。黙っていれば超美少女。
     義仲の乳兄弟。恋人? 熊を素手で仕留める怪力。
手塚光盛…上田市在住。義仲の弓の師匠にして家臣。やさしい。


湖の畔に立つ大きな鳥居をくぐり、境内に到着してふと目をやると、とても太く生命力に溢れた大木が、丸太に加工され、天を衝くかのように立っている。

御柱だ。


「すっげえええ
諏訪社のものはひときわ立派だなあ〜
やぁっぱ違うなぁ〜」

今井殿の厳しい視線がビビッと飛んできた。
しまった。またつい口から出てしまった。神域では静粛にしなくては。


「じゃーーーろーーー
立派じゃろーーーー」

あわっ俺より遥かにデカイ声が。
む、あの装束。
全身白で長い白髭の神主さん

「大祝」

手塚殿が発する前に、全員反射的に姿勢を正していた。
そんな威厳に金刺盛澄は満ちている。

のわりに

「なんじゃーお前たちは
しんきくさい顔をしくさって

ワシにはすーべーてお見通しじゃ」


お見通しってどこまで〜〜〜

と出かかったがなんとかこらえた。
大祝様って、神様の化身というか、凄い人だから俺は挨拶すら聞けない立場なんだけど、意外と口調が砕けてて俺は拍子抜けした。

海野の姫君の事とか知ってるのかなあ…

「海野の姫君のことなら知っておるぞ」

ヒッヒイイイイイイイイ!?読まれてる!?俺のこころの中!?!?


大祝は長瀬の顔を見てにっこり笑っている。
「その件など、ご報告があり参りました。」
義仲は緊張気味に大祝に語り掛けた。


諏訪湖に面した高台には湖面をさらったさわやかな風が吹きつけ、大祝の館の御簾を揺らしている。

大広間に大祝、向かい合って義仲、手塚、今井、末席に長瀬が座っている。

「ワシとしてはムコ殿はようやったと思うのじゃ。
海野の一の姫は武芸に優れているからこそ、男を見る目がとてもとーてーも厳しかった。滋野のご一族の中でも、我ら諏訪社の中でも姫の目にかなうものはおらなんだ。」

大祝の言葉に、手塚が少し頭を垂れた。

「信濃国は山に隔たれ、ばらばらじゃ。一歩間違えば、いつ戦になってもおかしくはない。しかしな、山のはざまの小さな地を争い奪い合うのは愚かしいことじゃ。血と血がまじりあい、地と地が結びあうべきだとワシもつねづね考えておった。」

さすが、大祝はイイこというなぁ~

と長瀬は思った。大祝はそれを感じたのか、上機嫌で話し続ける。


「佐久平を押さえる滋野一族と、我ら諏訪一族が結びつく機会があれば…と願っていたが、海野家の二の姫が望月殿から婿をおとりになったから、またそのお子の婚礼まで待たねばとあきらめたのじゃ。
一の姫は武と共に生きられるものと。
その心を動かしたのだから、ムコ殿は大したものじゃ」

笑顔大全開である。
しかし義仲の表情は硬い。

「…大祝、どうやら私は姫君と幼いころにお会いしたことがあるようなのです。」

一同が注目した。今井だけは瞳を閉じて、微動だにしない。

「母上が私を連れ武蔵から信濃へ入った際に、偶然行き会ったのだと。そこで海野の姉様は私の家…源氏に興味を持ったそうです。」

「えっ義仲様が信濃に来たときって、二歳とかでしょ!?
その時から義仲様に興味を!?」

長瀬がまた口を滑らせた。

「俺にではなく、俺の家な。

…ですから、私自身を好んでいただけたのか、私の家が魅力的なのか、わかりませんが…子に恵まれることができました」

義仲は少し寂しげに答えた。


「ムコ殿は、ことばに裏がない。

海野の姫君もムコ殿を好きじゃよ。
もちろん、ウチの娘もな。
諏訪社大祝としては、喜ばしいが、親としては複雑じゃ。だがな義仲殿

それが「源氏」のさだめ」

大祝が宿す雰囲気が急に変わり、全員が身をただした。

「これから先、義仲殿を利用しようと多くのものが近づいてくるだろう。
源氏の血は人を引き寄せる。
それは少々面倒ではあるが、悪いことではない。決して。
大事なのはおのれ自身の大きさを見誤らないことだ。
すべては、おのれのこころの働き次第。

引き寄せられてきた人を「源氏」ではなく「義仲殿」の味方にするのじゃ。

なあに。ムコ殿なら、やってのける。
だからこそムコ殿にむかえたのじゃ。」

大祝は最後はくだけた笑顔で義仲に語り掛けた。
義仲もはにかみながら微笑み返した。



いちおう俺も「源氏」だけど…義仲様の家はなんか大変だなぁ…

長瀬がぼんやり考えていると

「長瀬殿は、ムコ殿の最初の味方じゃの」

大祝の最高な笑顔を向けられ、長瀬はヒイイ!と飛び上がった。一同はその表情を見てどっと笑った。


木曽の館

「やっぱり木曽の館が一番落ち着くなぁ~」

義仲は今井、長瀬の視線を気にせず、床にごろんと横になり、大の字を描くように手足をバタバタさせてからくつろいでいる。

今井も他では見せないやわらかい表情で義仲を見ている。


なんか…付き合わされて木曽まで来てしまった…


しばらくの諏訪での滞在ののち、義仲は長瀬、今井をともなって木曽の館に戻ってきた。長瀬の館は鳥居峠より北、塩尻から木曽に抜ける道にある。

しかし諏訪からの直接ルートで移動したため、長瀬はいやおうなしに義仲・今井と共に木曽の館に来ることになった。
正確には、途中で樋口兼光の館に立ち寄った。
樋口は今井と巴の兄で、義仲と共に育った「中原兄弟」だ。我が道を行く兄弟の中で、樋口は周りに気を遣う唯一の常識人で、長瀬には楽しい友人だった。久しぶりに会えて喜んでいたのもつかの間、義仲・今井に連れられて出発することになってしまった。


樋口殿とゆっくり話したかったなあ~


ふと今井に目をやる。母似の樋口と、父似の今井・巴では雰囲気がだいぶ違う。兄弟と言っても似ていたり似ていなかったり、血のつながり、親子、親戚…ここ数日の様々な人々の顔を思い浮かべて長瀬は息をついた。

「なんだ?今井をしげしげと見つめて」

義仲が半身を起こして長瀬に言った。

「…ご兄弟だけど今井殿と樋口殿はあまり似ていらっしゃらないなーと。手塚殿と金刺殿はとても良く似ていらっしゃる。親子でも義仲様とお子は一目で見てわかるぐらい似ていらっしゃる。そんなことをぼんやりと。」

「今井!長瀬と俺はどうだ?似ているか?同じ源氏だが」

「義仲様と長瀬ではくらべものになりません」

「ななな…なん…た、たしかにそうだけどぉそんな言い方~」

「いやいや。親戚である以上、どこかが似ているはずだ。どうだよく見ろ!」

義仲が長瀬の肩を引き寄せ、今井にズイズイとにじり寄る。圧迫感半端ない。しかし今井は顔色一つ変えず

「…しいて言うなら。その手の爪」

「!?爪!?」

二人が手を突き出し比べ合う。

「「えっ…たしかに…同じ形…!?」」

「長瀬ぇ!そなたは確かに我が親族よ!」

二人が手を取り合ってキャッキャと喜び合うのを、今井は表情は変えずに奥歯をかみしめながら見つめる。


「長瀬。お前が滝行につきあってくれたから、一心に祈祷でき、万事うまく進めることができた。ありがとうな。」

「いえいえ。俺は義仲様に飯を届けていただけですよ」

「お前はいつもそうだな。功を声高に主張したりしない。そこが好き♡」

「…ななな…何を突然!?!?」

長瀬は今井からの御神渡り出現規模の冷たい冷たい視線を感じていた。義仲はそれに気づかず続ける。

「初めて鉢盛山で行き会ったときから、お前は変わらない。
毎日野山を馬で駆け廻ったあの頃と。」

屋敷に差し込む夕日が、当時を思い起こさせた。


『おまえ、いい馬に乗ってるな』

『おまえもな!』

ただ

出会い

意気投合した友達


「義仲」になるまでのわずかな時間



義仲は長瀬に微笑んで言った。

「お前の顔を見てると、ほっとする。これからも変わらずに、つきあってくれよな」

「もっももももちろんですよ…あと…念のため言っておきますが、初めてお会いした時から、今井殿も一緒にいらっしゃったことはお忘れなく…」

「…えっそうだっけ?」

ヒイイイイイイイイイイイイ!今井殿じゃなくて巴殿だったら、俺の首、とっくに飛んでる~~~!!!!

今井は氷点下の笑顔を長瀬に向けていた。




令旨前夜

 義仲様の御子・高寿丸が生まれてからしばらくして、諏訪社にも無事女の子が生まれた。

 義仲様は木曽を本拠地としているけど、高寿丸様のために小県郡にも館を設けることにした。俺の親戚、依田殿が「同じ源氏のよしみで~!」と一等地ともいえる場所を譲ってくださり、建築責任者として、俺は小県に館を構えて家族と赴任した。

 根井殿は佐久に館を持たれているので少し遠方だというのに、しばしば小県に訪れ、あれこれと世話を焼いてくれる。とても親しみやすいいい人だ。巴殿も相当な怪力だが、根井殿も負けていない。城づくりで山に邪魔な岩が出てくるとガツーンのポイポイだ。

 巴殿はというと、手塚殿の館に居候をして、海野館に毎日通って高寿丸様のお相手をしている。楽しそうだ。すくすくとお育ちになり、巴殿と相撲を取っているとか。うっかり首が飛んだりしないかがとても心配だ。
 海野の姉様は体調を崩されてお休みになっている。これも気がかりなことだ。

 義仲様はというと、木曽と、小県と、諏訪と、だけでなく、国府がある筑摩や安曇郡の仁科氏をたずねるなど今井殿と各地にお出かけになり、とてもお忙しそうだ。
 都では平清盛が勢力を強め、隣国では「清盛公の威光」を振り返すものが多くなってきているという。義仲様は信濃国にも影響があるのではないかと、さまざまな場所に出向き人に会い、話をしているのだ。信濃武士も荘園の領家から課されるさまざまな賦役で都に出入りしている。そうした人々の情報が今後を占うことになる。

 不穏な動きと言えば、越後国を仕切っている「城氏」が信濃国を狙っているとか。越後にほど近い水内の者から城氏とひそかに結び、その手引きをしているとか、耳に入らないわけではない。しかし決定的な出来事があるわけではなく、それぞれが耳を澄まして、出来れば何事も起きず、平穏な毎日が続けばいいと願いながら過ごしている状態だった。

そして時は治承3年を迎えた。

 

4話に続く