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義仲戦記12「般若野の戦い」1183年5月

「そろそろ義仲が自ら本隊を率い出て来るだろう。
だが義仲勢はおそらく全軍で四、五万騎の筈だ。
我ら平氏方の十万騎の約半分、というところだな」

平氏方追討軍の大将軍平忠度が言った。


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加賀国[石川県]金沢の犀川の河畔。
平氏方追討軍十万騎の軍勢は、燧ケ城の戦いに始まる半月に及ぶ北陸勢との戦いにおいて、連戦連勝。しかも、その兵の数をほとんど減らす事無く、北陸を侵攻する事に成功していた。

一旦軍勢を二つに分けた追討軍であったが、越中国[富山県]を目前にして再集結していたのである。そして、来るべき源義仲との戦いの為に、軍議を開いていたのであった。

「そこで、全軍をまた二つに分けたい、と思うのだが」
続けて忠度が言うと、

「何故です?忠度どの」
この追討軍の総大将平維盛が訊く。

と、
「このまま十万騎全軍で押し出して行けば、義仲など!」

大将軍の平経正が言い放った。

随分と強気になっているらしい。その様子を見ていた忠度は、

(燧ケ城の時とは別人だな、経正は。まぁ連勝に気を良くするのは仕方無いが、変に気が大きくなられてもな・・・)

苦笑いを浮かべていたが、

「更に我が軍を有利にする為だよ。経正どの」
穏やかに言った。

「何か策がお有りなのですか?忠度どの」
経正が訊く。

と、
「お聞かせ下さい。忠度どの」
総大将の維盛も言った。

「策、という程のものでも無いが、理由は二つある。

こちらが軍を二つに分ければ当然、義仲勢もこれに対応する為に軍を分けなければならん。そうなれば元々数では有利な我が軍が、更に有利となるだろう。これが一つ。

そしてもし義仲勢が軍を分けずに来たとしたら、その時はこちらの一軍が正面で義仲勢に当り、もう一軍が奴らの後方から挟み撃つ事が出来る。これが二つ。

逆にこちらが軍を分けずに行動していた場合、単に五万騎対十万騎の野戦[会戦]となるか、あるいは義仲が何か奇策を仕掛けて来るかも知れん。

いずれにせよ我が軍が敗ける事は無い、が、有利な条件は活かしてこそ勝てるというものだろう。どうだ?」

大将軍忠度が一気に言った。
忠度が一同を見渡してみると、総大将維盛、大将軍の通盛、経正、清房、知度以下、侍大将の盛俊、盛嗣、長綱、忠綱、忠光、景清、有国、秀国、景高ら主立った武将達が一斉に頷いていた。

と、
「軍を二つに分けましょう。では忠度どの、軍の編制も考えておられるのでしょう?」
総大将維盛が言う。

忠度は頷いきながら、

「ああ、僭越ながら。では軍を二つに分ける。
先ず大手[主力部隊]。総大将維盛どの、大将軍通盛、経正、清房。侍大将越中前司盛俊、忠綱、忠光、秀国、景高以下七万騎を率い大手とする。

次に搦手[別働隊]。大将軍知度、そして私。侍大将武蔵三郎左衛門有国、長綱、越中次郎兵衛盛嗣、上総悪七兵衛景清以下三万騎を率い搦手とする.。

大手七万騎は、このまま北陸道を東へ前進。砥浪山[石川県と富山県の県境にある山]を越え越中へ侵攻。搦手三万騎は、海沿いの道を北上し能登[石川県]志雄の山[石川県羽咋郡志雄町あたり]を越え越中へと侵攻する」

指示した。
と、
「それで行きましょう。皆!解ったな!」
総大将維盛が勢いをつけて言うと、

「おおっ!!」
この場にいる全員が応じた。

「それと、もう一つ」
忠度が言う。
続けて、
「盛俊。お前は以前越中に赴任していた事があり、越中の地勢に詳しいだろう」
盛俊に訊いた。

「はいっ!」

「盛俊に命じる。お前は五〇〇〇騎程率い、先に砥浪山を越え越中に入り、義仲勢の様子を探ってくれ。行ける所まで行って良いが、無理はするな。もし義仲勢と戦さになった場合は頃合いを見て退き、大手の部隊に報告してくれ」

「はっ!」

「その後は御苦労だが、我が搦手の部隊に合流し、私の麾下に入ってもらう」

「はっ!解りました。任せて下さい!」
盛俊が張り切って応じた。

「大手の部隊の道案内は平泉寺長吏斎明[有力寺社の平泉寺と白山神社の僧兵団の僧兵。稲津新介実澄のいとこ]とする。よろしいか?維盛どの」

忠度が総大将に訊くと、
維盛は頷き、


「では出陣する!」


号令をかけると、


「おおおっ!!」


一同は応じながら立ち上がった。



「斎明。お前には引き続き北陸での案内を申し付ける」

総大将維盛が命じると、
「お任せ下さい!この北陸の事なら、この斎明に何なりとお訊き下さい!」

嬉しさを隠す事無く、その顔には笑みをたたえながら斎明は応えた。

その時、
「維盛様。では先手の部隊五〇〇〇騎、出陣します」
と、盛俊が挨拶に来た。

「おお。盛俊、頼んだぞ」
「はっ!」
盛俊は応じ、馬に乗ると、


「越中前司盛俊!出陣する!続けーーーっ!」


号令をかけ、五〇〇〇騎を率い出陣して行った。一足先に越中へと。



「兼平。頼みがある」

義仲が四天王の今井四郎兼平に声をかけた。
今井兼平は無言で頷きつつ、表情で先を促すと、

「兼平。お前は六〇〇〇騎の兵を率い先行して欲しい。砥浪平野に平氏方の先頭部隊が進出していたなら、これを加賀にまで追い返してくれ。だが、もし敵が大部隊であったなら、戦さはぜずに引き返して来てくれ。出来るか?」

「勿論です。しかし義仲様。頼み、などと。単に命じて下されば良いだけです」

兼平が微笑みを浮かべつつ答えながら、

「敵がいなかった場合は、どうするのです?」
訊くと、

「その時は、砥浪山の手前で陣を構えていてくれ。その場合は私達本隊も、兼平の部隊に合流しているだろうがな」

「解りました。義仲様のお考えのままに」

兼平が頭を下げ答えると、

「では兼平。お前には手塚太郎光盛、上野[群馬県]の那波太郎広純、越前[福井県]の斎藤太以下六〇〇〇騎を率い先行してもらう。今、直ぐにだ」

義仲が命じた。

「では!」
兼平は義仲の眼を見て応え、馬を駆けさせた。


 今朝早く、義仲勢五万騎は北陸勢との最後の合流を果たし、西に向かって進軍していた。
 しかし、義仲としては気が気でなかったのである。少し焦っていた、と言い替えても良い。それは義仲が当初考えていたよりも、平氏方追討軍の作戦行動や侵攻速度が速かったからである。しかし、そんな様子を外に見せる程、義仲は愚かでは無い。総大将が焦った姿を見せる程、軍勢にとって有害な事は無いのだから。要は兵達が浮き足立ってしまうのである。だから義仲は心の中で焦燥感と戦っていたのだ。その事を誰にも気付かせないように。
 それはさて置き、北陸の諸将は良く戦ってくれた。平氏方の侵攻を少し遅らせる事が出来たのであるから。とは言え、平氏方は連戦連勝の勢いを駆り、迅速に行動しているのも事実である。義仲としては、兵の数で勝る平氏方を相手に、正面から勝負を挑みたくはなかったのである。とは言え、今までの彼の戦いは全て敵の方が兵の数で勝っていたが、それでも義仲の作戦と、兵らの闘志と、戦さの時機[タイミング]を逃さず、勝ち続ける事によってここまで来たのであった。

 この時、既に義仲の頭の中には、二倍の敵に対し勝利を得る為の作戦[戦術]が出来上がっていたのではあったが、平氏方に砥浪平野まで進軍されては、それも叶わなくなる。そこで義仲が心の底から信頼する腹心の今井兼平に、敵の侵攻を阻み、なおかつ加賀まで追撃する、という最も重要な任務を託したのであった。

「大将今井兼平、手塚光盛、那波広純、斎藤太以下六〇〇〇騎。これより出撃致します!」

兼平が報告すると、

「頼む。兼平」
静かに義仲は応じた。


「では先行します!義仲様!後ほど!」


兼平は頭を下げると、馬の向きを変えつつ、

「続けーーーーっ!」

号令をかけると、

「おおおーーーーーーっ!!!」

六〇〇〇騎が土煙りを上げて駆け出した。


部隊の先頭で馬を駆けさせつつ兼平は、

(義仲様は何か少し焦っておられたな。と言う事は、これからの義仲様の作戦行動において、一番重要な事を我が隊が任された事になる!)

と思っていた。

さすが兼平である。外見には平静に見えた義仲の、焦燥感も意図もしっかり理解しているあたり、乳兄弟で一緒に成長し、また四天王の一人として義仲に信頼され、また敬愛されているのも伊達では無かった。

「光盛!広純どの!斎藤太どの!思いっ切り馬を駆けさせろ!我が隊はこれより進める所まで進む!」

兼平がそう指示すると、

「解った!兼平はこのまま先頭で部隊を引っ張れ!俺は後方から兵らが遅れない様に押し上げる!」

手塚光盛が応じた。

「頼む!光盛!」

兼平が答えると、光盛は列から少し離れ馬足を少し緩めた。
それを確認しながら兼平は、


「全軍!馬足を速める!行くぞ!」
叫びつつ命令した。


(義仲様!必ず貴方の望む様にしてみせます!
 我ら六〇〇〇騎、一丸となって!)

この想いと共に大地を蹴立てて全速で進軍して行く。



「我が軍はこれまでの戦さで、常に軍勢を七手に分けて勝利して来た。
これは我が軍の吉例[ラッキージンクス]であるので、来たる平氏方との戦いにおいても、軍勢を七手に分けたい、と思う」

義仲は麾下の武将らの前で宣言した。

この日の夜。越中庄川を渡河した所で、義仲本隊は行軍を留め露営し、義仲は軍議を開いていた。
義仲の宣言を聞いた麾下の武将達の表情が引き締まり、無言で頷いていた。皆、いよいよ平氏方との雌雄を決する合戦が近付いて来た事を、ひしひしと感じている。

義仲は続けて、

「各軍には、この地の地勢に詳しい北陸の諸将らを振り分ける。
そして信濃[長野県]、上野[群馬県]、常陸[茨城県]、武蔵[埼玉県]の武将らは、北陸の諸将らと協力して敵に当たってもらいたい」

「解りました!」
一同が応じる。

「では
第一軍。九〇〇〇騎。
大将落合五郎兼行[四天王樋口兼光、今井兼平の弟]、富樫入道仏誓[加賀の武将]。

第ニ軍。六〇〇〇騎。
大将楯親忠[四天王。根井小弥太の弟]、津幡隆家[加賀の武将]。

そしてこの第一、第ニ軍併せて一万五〇〇〇騎は搦手[別働隊]として志雄山方面へ進出してくれ。この搦手の大将軍は新宮十郎行家どのに任せたい」

「さすが我が甥、義仲じゃ!このワシに任せておけ!この大将軍新宮十郎蔵人行家にな!」

場違いな陽気さで行家は答えた。
この行家は、義仲の叔父[義仲の父義賢の弟]にあたり、かの歩く不幸の手紙、とはこの男の事である。
義仲は叔父行家を一瞥し頷くと、先を続けた。

「第三軍。七〇〇〇騎。
大将仁科次郎盛家、葵[葵御前。アクティブクールビューティ葵]、岡田親義[信濃の武将]、藤島助延[越前の武将]。

第四軍。七〇〇〇騎。
大将樋口次郎兼光[四天王]、千野太郎光広、村山義直[信濃の武将]、林光明[加賀の武将]。

第五軍。九〇〇〇騎。
大将根井小弥太[四天王]、海野幸広[信濃の武将]、稲津新介実澄[越前の武将]。

第六軍。六〇〇〇騎。
大将今井四郎兼平[四天王]、手塚太郎光盛[信濃の武将]、那波太郎広純[上野の武将]、斎藤太[越前の武将]。
この第六軍は、もう既に先行してもらっている。

第七軍。六〇〇〇騎。
大将巴[巴御前。戦う美少女巴]、多胡次郎家包[上野の武将]、信太三郎先生義憲[義仲のもう一人の叔父。行家の兄。常陸信太の武将]、宮崎長康、石黒光弘[越中の武将]。

この第七軍に総大将として私。祐筆[秘書兼書記]として大夫坊覚明が加わる。

そして第三、第四、第五、第六、第七軍併せて三万五〇〇〇騎を大手[主力部隊]とし、この大手の軍勢は砥浪山方面へと進出する」

一気に指示した義仲。

「明日からはこの編制で進軍する。だがおそらく戦さとなるのは数日後の事だろう。だだし明日には大手と搦手の軍勢は別れて行軍する事になる。行家どの、搦手の軍は頼みます」

「おお!このワシ!大将軍新宮十郎蔵人行家に任せておけ!」

頭を下げた義仲に対し、胸を張り笑いながら答えた行家。
その行家の様子を少し冷たい眼で見ていた樋口兼光が、

「では軍議は終了とする。解散」
シメた。



「前方!敵平氏方の陣を発見!その数およそ五〇〇〇騎!」

郎等が報告して来ると、

「敵の後続部隊はいたか?」

手塚光盛が訊き返す。

「まだ確認は出来ませんが、おそらく後続部隊はいないものと思われます!」

「そうか。御苦労だった」

第六軍大将今井兼平が郎等を労い、下がらせた。


越中般若野。義仲勢第六軍は義仲本隊と別れた後、呉羽山から西へと一気に馬を駆けさせていたが、先行させていた物見[偵察]の郎等が敵平氏方の先頭部隊を発見。一旦行軍を停止させていた。

「敵平氏方は後続部隊を待っている、という事なのか?」

那波広純が誰にともなく訊いた。

「と思いますが、あの先頭部隊だけ突出して、後続部隊が来ていない、となると一体どう言う事なのか・・・」

斎藤太が応じた。敵の意図を計りかねている。

「光盛。どう思う?」
兼平が光盛にフると、

「間髪入れずに攻めた方がいい。だからここまで急いで来たんだろ」

光盛が迷わず答えた。
少し驚いた兼平が、

「その通りだ。光盛は義仲様のお考えが解るのか?」

「ほんの少しなら。だが兼平の行動を見ていれば義仲様の意図は明白だ」

断言した光盛を興味深そうに見つつ、兼平は問う、

「と言うと?」

「とにかく義仲様は、今の時点では敵平氏方を加賀まで追い返したいらしい。そうだろ?兼平」

淡々と答える光盛。
そんな光盛を頼もしく感じながら、

「そう言う事だ。だから一気に攻めるぞ!」
兼平が言う。
その遣り取りを見ていた那波広純と斎藤太。

と、
「手塚太郎光盛どの!これからは太郎どの、と呼んで構いませんか!」
斎藤太が叫んだ。
呆気に取られた兼平、光盛、広純。見ると斎藤太は何故か光盛に尊敬の眼差しを送っている。

「急にどうした?斎藤太どの」
光盛が訝しげに声をかけると、

「呼び捨てで構いません!太郎どの!」
何故かむきになって答える斎藤太。
光盛は訳が分からず少し混乱した。しかし、こんな事をやっている場合では無いので、

「分かった、斎藤太。好きに呼んでくれて構わない」

光盛は斎藤太との話しを強引に終わらせ、戦闘モードに入ると、

「兼平。指示してくれ」
言うと、兼平も表情を引き締め、

「我が軍六〇〇〇騎全軍で突撃し、敵平氏方を加賀まで追い散らす!
右側一五〇〇騎は那波広純どの!
左側一五〇〇騎は斎藤太どの!
先頭ニ〇〇〇騎は太郎光盛!
その後ろに私が一〇〇〇騎を率いて続く!では出撃だ!行くぞ!」

指示すると、


「おおっ!!!」


三人は応じ、各部隊へと散って行った。だが、普段は光盛とだけ呼ばれているが、わざわざ太郎光盛と呼ばれた手塚太郎光盛だけは何か言いたそうではあったが。



「敵!義仲方が全軍六〇〇〇騎で突っ込んで来ます!」

報告を受けた越中前司盛俊は、

「ようやくお出ましか。こちらも全軍で当たる!迎え撃つぞ!
 行けーーーーっ!」


号令をかけ、般若野での戦いが始まった。
ここに北陸戦線の第ニラウンドが幕を開けたのである。


「続けーーーーーーっ!」


太郎光盛が叫びつつ、矢を連続で射ながら先頭で平氏方に突っ込んで行った。光盛とその郎等達は諏訪神党[諏訪大社下社の武士団]の武士達で、この武士団は騎射[馬を駆りつつ弓を射る事]では右に出る者が無い、と言われる程の者達であった。次々と敵平氏方の騎馬武者達が矢に射られ落馬して行く。

その様子を後方で見ていた兼平は、

(平氏方の前進が止まった!良くやった光盛!)
馬上で思い、

「全軍で押し出せ!敵は間も無く後退するだろう!だが手を緩めるな!
どこまでも追撃するぞ!」

叫びつつ矢を立て続けに放った。

「おおーーーーーーっ!!!」

義仲勢第六軍は、程無く兼平の言う通り追撃に移った。


無理はするな、と大将軍忠度に言われていた盛俊であったが、無理をしなければ、義仲勢の打撃力、攻撃力には対抗出来なかった。

様子見のつもりで応戦しようとしていた平氏方は、最初の突撃を受けた時に約一〇〇〇騎を喪い、コレはヤバい!とすぐさま作戦[戦術]を変え、後退しながら戦っていた。


(畜生!油断した!最初から全開で来るとはな!
だが敵の戦意が高い事は判った。これは今までの北陸の奴らとは一味違う。さすが今をときめく義仲勢って事か。
まぁいい。このまま後退して砥浪山のこちら側[越中側]辺りに防衛戦を確保しておけば、それで充分だ。それに敵もいつまでも追って来る事は無いだろう)

盛俊はそう思い、なるべく損害を出さない様に後退していた。


だが、朝から始まった戦闘は、盛俊の予想に反して夕方まで続いていた。義仲勢第六軍が、全く手を緩めずに追撃して来るのである。

(冗談じゃねぇ!あいつら馬鹿か!一体いつまでヤってりゃ気が済むんだ!)

盛俊は怒りつつ、
「砥浪山の麓まで後退だ!急げーーーーっ!」

指示し、今までよりも後退する速度を速めて後退して行った。

平氏方の軍勢が、砥浪山の越中側の麓にまで後退した時には夜になっていた。半日以上は戦っていた事になる。


(やれやれ。ここまで来れば奴らも追っては来ないだろう)
と盛俊が思う暇も無く、

「夜襲です!敵義仲方が更に追撃して来ます!」

「何だと!」

盛俊は怒鳴った。


(巫山戯んな!奴ら、我らを全滅するつもりで攻め掛かって来やがる!
先の戦さ[北陸戦線第一ラウンド]の仕返しのつもりか!

良し分かった。ここは撤退だ。あんな奴らに構っていられるか!
我ら平氏方にはまだ十万騎の兵がいるんだぞ!
ここは退くが、次は義仲勢に今日の我らと同じ目に遭わせてやる!

次は必ず我らが追撃に次ぐ追撃を掛けて、奴らを追い散らしてやる!)


盛俊は悔しさに身を焦がされながら、復讐を誓った。

「全軍!撤退する!これより夜を徹して倶利伽羅峠を越え、加賀に戻るぞ!」
盛俊が命令すると、

「はっ!」
郎等が応じ、駆け去って行く。

越中前司盛俊の部隊は、ここに越中より撤退して行った。
その数およそ三〇〇〇騎。この日、一日の戦闘で約二〇〇〇騎を喪った平氏方である。平氏方追討軍にとっては、都から出陣して初めての敗北となった。だが盛俊は敗北した、とは思っていない。何故なら平氏方には未だ十万騎を擁する兵がいるのだから。彼は単に、一時的に退却しただけ、と思っている。

しかし、この盛俊の部隊が加賀に撤退した事、この一事がその後の北陸戦線での、義仲方と平氏方の命運を分ける重要な一事になろうとは、この時点で平氏方の誰も解ってはいないのであった。



「敵平氏方三〇〇〇騎。倶利伽羅峠を越え、加賀に撤退しました」

郎等の報告に、

「解った。
今夜の警備は私の部隊が行う。太郎光盛、斎藤太どの、広純どのの部隊は休んでくれ」
兼平は、指示した。

その顔には珍しく微笑みを浮かべて。
と、

「光盛、でいい。兼平、お前まで俺を太郎を付けて呼ぶな」

少し抗議の口調で光盛が言った。だが、その口調とは裏腹に光盛の表情は疲れが見えていたが晴れやかであった。戦さに勝ったのであるから当然ではあるが、義仲に与えられていた任務、加賀まで敵を追い返すという任務、を完璧に遂行[ミッションコンプリート]出来たのだ。

この事の重要さに気付いていたのは、義仲勢の中でも、義仲と兼平と光盛の他にはいなかったのである。

「太郎どの!宿所に参りましょう!」

斎藤太が疲れも見せずに明るく言いつつ、光盛を促した。
が、

「好きに呼べ、とは言ったがやはり、太郎どのはよせ・・・」

ぶつぶつ言いながらも、渋々付いて行く光盛を、広純と兼平が笑って見送っていた。




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