義仲ものがたり #11
注・「義仲戦記2横田河原合戦」は「義仲ものがたり11」の後のエピソードになりますが、義仲戦記シリーズは、独立して読めるように作成しています。
~ 信濃源氏・長瀬義員が見た義仲 ~
「どなたか…!
どなたかわかりませんが、お助けいただきありがとうござ…ああっ!?」
義仲様を見て号泣している妙齢のご婦人を見て、俺も巴殿も、みんなわけがわからずあっけに取られていた。
そこに俺たちと同じぐらいの年の騎馬武者がお礼を言いながら駆け付けた。
のだが
「お前たち一体何者だ!母上に何をした!!!」
号泣している様子を見て太刀に手をかけた。
瞬時に巴殿と根井殿が臨戦態勢に入るが、
「ううっ広純…義賢様が…お子が…ううう」
ご婦人が騎馬武者に呼び掛けると、驚いたように馬から飛び降りた。
「まさか…義賢様のご子息でいらっしゃいますか?
わたくしは上州吉井の那波広純、父は義賢様に従っておりました。
お会いできて…恐悦至極にございます…!」
うやうやしく自己紹介してきた。
そして母と息子でキラキラした視線で義仲様を見つめている。
「いや…その…
俺は源義仲。父は源義賢で間違いないが…」
「義仲様!義仲様とおっしゃるのですね!!!よい名…駒王丸様!」
那波殿?の母上の一言に、俺も、巴殿も、手塚殿も、はっと胸をつかれた。そして確信めいたものと共に幼い日の義仲様を思い浮かべ、温かいものでいっぱいになった。
「…本当にお父上に似てらっしゃる。瓜二つ。嬉しい。お会いできて。
長生きしていてよかった…」
笑顔の瞳から大粒の涙が滝のように流れ落ちる。
なぜだろう、みんな目をぬぐっている。
義仲様も馬から下りた。そして那波殿?の母上の涙をぬぐった。
「父を覚えていてくださって、ありがとう。
お話をお聞きしたい。ぜひ。
そして、なぜ、武者共に皆さんは追われていたのです?」
人目につかない木陰に、那波殿とその仲間達、母上と移動し、俺たちは顛末を聞くことになった。
もともと、那波殿は同族の多胡殿たちと共に、上野国吉井に館を構えた義仲様の父上・義賢様にお仕えしていた。義賢様はいくつか館を持っていて夏のある日「義父・秩父氏の領地にある大蔵館に行く」といって出掛けたまま、戻らなかった。
大蔵館に行くのは「いつものこと」だったので、上州のみなさんは当たり前に留守を守っていた。しかし、義賢様は二度と戻らなかった。
そのかわりに、義賢様ととてもよく似た顔の「源義平」がやってきて、義賢様を討ち取ったことを告げ、自分に従うように脅してきた。館を取り囲んで。
上州のみなさんはあきらめて源義平に従った。
そして、ほどなく保元の乱が起き、那波殿の父上は源義朝の軍勢に従って都に向かい戦った。同じ顔で殺し合う源氏同士の戦いを目の当たりにして、那波殿の父上は都から戻るとひどく体調を崩したそうだ。
それから源義朝が平治の乱で滅び、関東の武士は今度は平家に従わなくてはならなくなった。
義賢様から義朝へ、そして平家へ。目まぐるしく変わる状況に那波殿の父上は疲れ果て、亡くなった。
「父はいつも言っていました。
もし義賢様がご存命であれば…と。そして、私たちもうわさに聞いていたのです。駒王丸様が信濃国で生きていらっしゃるらしいということを。
父はいつか駒王丸様に会いたい…と言い残して亡くなりました。」
那波殿は淡々と話した。
そして
俺たちは、俺たちの知らないところで起こっていた物語に愕然としていた。
義仲様も。
「私も、那波殿のお父上に、お会いしたかった。」
「きっととても喜んだと思います。」
そういうと、那波殿は少しほっとした表情になった。
「那波殿、私はね、父上の記憶がないのです。」
「!」
「那波殿のお父上に、私の父上の話を聞いてみたかった。」
義仲様がさびし気にほほえみかけると、那波殿は瞳を見開いて、大粒の涙をポロリと流した。
巴殿はうつむいていた。静かに泣いている。
俺は、中原兄弟と、兼遠様と、家族のように、いつもほがらかで楽しそうに見えていた駒王丸の姿を思い浮かべて、これまでの自分の思いの至らなさにショックを受けた。
「…しんみりしてるとこ申し訳ないんだが…那波殿、結局この人らを連れて、行くのか?行かないのか?」
那波殿と共にいた武者が急に話しかけてきた。
なんだ?この人は義賢様と全然関係ないのかな…。
那波殿が涙をぬぐって応えた。
「足利殿、申し訳ない。昔話はこれぐらいにして、これからの話しをしなくてはな」
「「「 足利殿 」」」
「って…どっちの!?」
那波殿のお仲間も、義仲様ご一行も全員が、うっかり声に出してしまった俺の顔を見た。
「どっちの?ってことは、あんたたちは物見遊山じゃなく、上州のことを知ってて来たって感じだな。いったい何しに?」
足利殿?がすごむ。
「足利殿、押さえて。義仲様が悪さしに上州に来るわけないじゃないですか!なんてったって義賢様のお子なんですから!!!」
那波殿が言い返したけど…義賢様への信頼感厚すぎだろ…。すごい人格者だったのかな義仲様の父上…。
「この人父親に会ったことないって言ってたじゃん?お前ら従者でも何でもないだろ」
「…ちょっとあんた!黙って聞いてれば何なのよ!」
巴殿が大声をあげた。
「なんだ?お前女???」
「何よ文句あんの!?」
「…さっき、武者投げ飛ばして…え???」
足利殿?はあっけに取られて巴殿をまじまじと見た。
「あんた、よく見るとかわいいな」
「「はあああああ????」」
根井殿と手塚殿が声を合わせて突っ込んだ。
「どっちの足利だか知らんが、巴殿に軽口叩くんじゃねえ。田んぼに投げ飛ばすぞ」
根井殿が足利殿?につかみかかる!が華麗に身をかわした。
そして、巴殿の肩を抱いて
「かわいい人をかわいいって言ってなんでだめなわけ?」
と一言。
巴殿は足利殿の身のこなしに不意をつかれたものの、すぐにその腕をはらって胴を取ろうとしたが、さっとかわされてしまった。
正直言って、俺も根井殿も手塚殿も背筋が凍った。
こんなにデキるやつは、信濃にもいない。
義仲様は興味深げに足利?殿を見つめた。
それは足利殿も察したらしい。急に
「俺は足利義清。
今から叔父上に会いに行くんだけど、ご一行も一緒に来るか?」
「…叔父上とは?」
義仲様が静かに聞いた。
「新田義重!」
「オイ覚明、ニッタヨシシゲッテダレヨ…」
結局、足利殿を先頭に俺たちは、新田義重さんとやらに会うために那波殿に同行することになってしまった。列の一番後ろが俺長瀬と覚明だ。
「昨晩イッタダロ聞イテナカッタンカ」
「ウ・・・スンマセン・・・」
こそこそ話である。
「オヌシト同ジ源氏ダケド平家ノ覚エガメデタイ新田!」
「源氏だけど平家の人に会うのまずいだろ!」
しまった。みんな俺を振り返った。
足利殿がジロりと俺をにらみつけた。
「そう。叔父上は、源氏だけど平家の覚えがめでたい。
こそこそ話してもさっきから聞こえてんだよ」
聞こえてたんか―――――――!
「だから叔父上は都から帰ってきた。関東で挙兵した源氏を討つためにな」
なんやて―――――――――!
俺ら、討ち取られそうになってる!?!?
「さっきから私も不審に思っていたのです。この方向。新田殿に会う?
どうみても新田の庄には向かっていない。いったいどこに私たちを連れて行こうとしているのです」
手塚殿が言い切った。
なんなんだ…ワナ?でも那波殿の涙は本物…偶然?…なんなんだ!
「皆さん落ち着いてください。足利殿は私たちのために新田様にお引き合わせしてくださろうとしているのです。」
那波殿の母上が言った。
「私たちが駒王丸様を悪い目に合わせるわけがないと信じてください。
一緒に来ていただけた方が、私たちも助かります。力を貸してください。」那波殿が言った。
「那波殿を信じよう。足利殿も。」
義仲様はにっこり微笑んで全員を見た。
そして一瞬巴と根井に目配せした。これは「やばいときは遠慮なくあばれろ」という、サインだ。
それはこじんまりとした館だった。
周囲の様子がよく見渡せる高台。
そこに新田義重殿はいた。
「挙兵はせぬと言っているだろう!追い返せ!!!」
大きな声が、館の外まで聞こえてしまった。
俺たちは中に入れてもらえず、待っている。
中に入ったのは足利殿、那波殿と母上、そしてなぜか巴殿と根井殿も連れていかれた。
義仲様と俺たちはしばらく待っていた。
那波殿の母上が懇願するような声が聞こえ、何やら言い争う声に変わり、そしてドダバダと物騒がしい音が近づいてきた。
「やめい!なんじゃこの者らは!おろせ!!!」
根井殿に担ぎ上げられて、白髪の武者が運ばれてきた。とても立派な身なりをしている。この人がもしかして新田義重?
足利殿、根井殿の使い方をわかってる…。
「はいはーい、根井さん、おろして下さい~ここです~
叔父上落ち着いて~お客様です~」
根井殿は足利殿の言うとおりにした。
「なんじゃお前ら!!!無礼な」
地面に寝かされた新田殿は勢いよく起き上がって、義仲様と俺たちを見た。
「…義賢?」
動きが止まった。
「…義賢…?」
もう一度言うと、おびえたように後ずさりし始めた。
その背中を那波殿が押さえた。
「源義賢様の事、新田様もお忘れではなかったのですね」
那波殿の母上が言った。
新田殿は震えているように見える。
「こちらは、義賢様のお子・駒王丸様」
「駒王丸!」
義仲様は姿勢を正し
「駒王丸改め、源義仲と申す」
と新田殿に言った。
「そうか…そうか…。ハハハハハ!」
新田殿はうつむいてから、なにか悟ったように笑った。
「義仲とやら、お初にお目にかかる。
我こそは新田義重。
いやそなたとは赤子の時に会っておったか。
せまい坂東にいる親戚、源氏同士だからのう。
そなたがあまりに義賢と似すぎて引いたわ。」
新田殿は立ち上がり、館の中に義仲様を招き入れた。
「源義平がまさか、そなたの父を討つとは思っていなかったのじゃ。
せいぜい脅し、そんなものだと思っていた。
正直、上州の領土を奪われるのではないかと、ひやひやしておったから、お灸をすえるくらいの気持ちだったのじゃ。
それが、何やら大きなことになり、結局、源氏はみんな滅んでしまったようなものだ」
新田殿は後悔したように語り始めた。
俺たち義仲様ご一行も、那波殿母子も、足利殿もみんな聞いている。
「もしあの争いを止めていれば、平家の世ということもなかったかもしれん。わしは、うまく清盛とやっていたから、そんなに悪くはなかったがな。
しかし、もう疲れた。関東の源氏を討てと言われてもそんな元気はない。
源氏の名のもとに挙兵する気もない。」
「叔父上!」
「そんな…叔父上が挙兵すれば多くの者が付いてきます。那波殿もそのためにここに来たのではありませんか!」
「義清よ。もうお前たちの時代なのだ。だから私は新田荘ではなく、ここ寺尾城に籠ることに決めた。誰の味方もせぬ。源氏も、平家も。
そして誰の邪魔もせぬ。
だから、好きにせよ。」
「叔父上…」
「義仲殿、そなたの噂は聞いておる。善光寺平で一線を交えたそうじゃな。どうだ、上州を荒らしまわっている足利を懲らしめてみるのは。
私は邪魔をせぬぞ。」
新田殿は義仲様を見た。
那波殿の目がきらりと光るのを俺は見逃さなかった。
「信州は信濃の武士が、上州は上野の武士が立ち向かうのが筋と思われます。が、加勢が必要なのであれば、お助けしますよ。足利殿」
義仲様はきっぱりと言い、足利殿を見た。
「足利殿がやるっていうなら、あたしもがんばるけどな!」
巴殿が言った。
足利殿はほおを紅潮させて震えていた。
「…叔父上、俺…」
「義清よ。これからはそなたに与えた「矢田」を名乗るがいい。
まぎらわしくてたまらんからな。新田の血族として、上州を平らげよ」
「はい!!!」
こうして新田殿の後ろ盾を得た足利殿改め矢田殿は、那波殿たち上州の武士を率いて、上野国を荒らしまわっていた足利氏(藤原系)を、我ら義仲様ご一行の加勢を受けて本来の領地へ押し込めた。
そして冬の寒さが厳しくなるころに、俺たちは信濃国へ戻った。
春になったら再会することを約束して。