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義仲ものがたり 第二話

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の進度に合わせて、木曽義仲軍勢の「その時」を伝承をもとにストーリー仕立てでお届けする企画です。

~信濃源氏・長瀬義員が見た義仲~

俺は長瀬義員。義仲様の遠い親戚で、ご近所さんだ。結構信頼されてるのかなとは思ってるけど、だからと言って修羅場にご同行はごめん被りたい…けど断れずに、すごすご義仲様のお世継ぎの顔を見に、巴殿と三人で月夜の下を歩いているところだ。


■前回までのあらすじ
木曽義仲は阿礼神社の奥宮にほど近い滝で滝行していた。その場所を紹介したのは長瀬義員。義仲は子供の出生を祈願していて、腹心の部下・今井の報告を受け、子に会うため滝を後にした。長瀬はうっかり子供の母がだれなのか聞きそびれたが、館に押し掛けてきた巴に問い詰められ餅で殺されかかる。逃げるための思い付きで筑摩郡のはずれから小県郡の依田氏のもとまでやってきたが、そこに義仲がいて巴と鉢合わせしてしまう。


俺の認識では、義仲様は正式には諏訪社の婿。
だけどお子はまだいらっしゃらない。
巴殿は…義仲様の彼女だと俺は思ってたんだけど、どうなんだろう。
小さいころからずっといつも二人は一緒にいたからそういう関係だと思っていたんだ。
まあ義仲様のようなお立場であれば、ヨメが何人いてもいいわけだし。
でも巴殿としては面白くないのかなあ。
それにしたって…一体、義仲様のお世継ぎはどこの誰が産んだんだろう…



長瀬は頭の中でいろいろ考えをめぐらしていたが何の答えも見つからない。
義仲も、巴も何も発しない。ただ歩いている。


…どこまで歩くんだろ…もはや馬に乗っていく距離じゃないか…もうこれだから体力自慢の人たちは…俺はもうムリ…ムリムリムリ…
だって俺、ついさっき筑摩郡からいくつも山越えてここまで来たわけよ。半日で!もうその時点で体力尽きてるから!!!


長瀬の足が笑い始めたころ、川岸が見えてきた。

「えっ川?まさか、渡る??」
「だから歩いてきたわけさ」

義仲は二人を見てほほ笑んだ。月明かりがすっきりと通った鼻筋を照らしている。憎らしいほど美男子だ。
巴は何かを察し、表情が明らかに曇った。

「今日はやめとこうかな。もう夜遅いじゃん。
手塚のとこなら、川を渡らずにも行けるし、あたし、手塚の屋敷に行く」

「ここまで来てそんなぁ~」

長瀬は思わず本音が口から出てしまった。

ヒイイイイ!しまった!つい…!!!
俺の首!!よかったまだつながってる!!!

いつもの巴なら鋭い突きを長瀬に食らわせていただろうし、運が悪ければ首が飛んでいただろう。しかし今夜の巴はふつうの美少女と化していた。
義仲はばつの悪そうな顔をして巴をちらりと見たあと、川岸に止めてある小舟に向かって合図している。

巴は悲し気な表情を浮かべ、くるりと背中を向けて寂しそうにつぶやいた。

「知ってた。義仲様が、海野の姉さまに憧れてたこと。
 でもいつから?いつからそんなことになったの?」

長瀬は気づいた。

も…もしかして、ここは俺が巴殿を慰めなくてはいけない感じ???
よよよ義仲様はなんかあっちむいてるし…俺そのために連れてこられた??

え、ムリ、ムリムリ、そんな乙女心をいやすような言葉とか俺ムリムリ…
だだだ、誰か助けて~!!!
今井殿とか誰かいないの!誰か!!!!!!!

「海野の姉さまにどんな顔をして会えばいいのかわからない…行きたくない」

やややややばい!巴殿、肩が震えて…え、泣いて…泣いてるの???どどどどうしよう!?!?

巴の震えが伝染したように、長瀬も震えていると、その肩を骨ばった細い指が包んだ。

「巴殿、行けば何とかなるものですよ」

長瀬の頭上から透き通った優しい声がした。まるで月光のような…

「光盛ぃ!!!」
「手塚殿ウオオオオ!!!」

巴が抱きつくまえに長瀬が抱きついていた。
色素の薄いすらりとした長身の男。手塚光盛に。
長瀬は巴にあっという間に引っぺがされ、ドスンとしりもちをついた。

「はいはい。巴殿、涙を拭いて。行きましょう」
「うん。光盛。」

長瀬はしりをさすりつつも、心底ほっとした。


手塚殿…まさしく神、諏訪大明神…!


義仲が合図をしていたのは手塚光盛。小県郡にも館を持つが、諏訪社大祝家に近い人物だ。義仲より12歳年長で、弓の扱いがすこぶるうまく、時には義仲の館に滞在し指南していた。義仲・巴にとって兄のような師匠のような存在だ。
小舟は義仲と手塚、巴、長瀬を乗せて川へ漕ぎだした。

■ 関連伝承まとめ


信濃の名族

依田川から千曲川まではあっという間だ。船頭は慣れた手つきで上流へ小舟を操っていく。
千曲川は信濃国を東から北へ貫く大河で、佐久郡から小県郡を通り、さらに水内郡を抜け越後の海に注ぐ。川に面して水流に削られた段丘が崖のようにそびえる。佐久郡の盆地を抜け小県郡に入るあたりは、岸が広がり、その先に段丘が重なっている。

川に一番近い段丘の上にひときわ大きな館が見えた。その塀はどこまでも続いているかのようだ。

「あれは…?」
長瀬が問うと、手塚が答えた。
「滋野三家の一つ、海野氏の居館です。」

滋野三家とは、小県郡から佐久郡に広がる「滋野党」の筆頭三家だ。
もともと佐久郡には朝廷によっておかれた「望月の牧」という大きな牧があった。千曲川によって削られ生まれた巨大な丘を利用し、馬を放牧していたのだ。その規模からか、優秀な馬が多数産出され、いつしか都の貴族にとって「望月の駒」は羨望を集めるほどだった。

その望月の牧を管理するために朝廷から派遣されていた牧官が地元の豪族と結びつき、滋野三家に分かれたという。牧を現場で仕切る望月家。国府と深く繋がり政治的な交渉を行う海野家。そして浅間山の山麓を利用し、鷹を飼育する祢津家。
さらに滋野三家は男子が生まれるたび、未開の土地に館を置き開墾をつづけた。それにより、佐久郡には滋野党を名乗る無数の武士たちが連帯感をもって存在していたのだ。

「えっ館!?デカっ。やっぱり滋野三家はすごいなー!」
長瀬が素直に驚いているのに対し、巴は何とも言えない不服顔だ。義仲はその表情を見つつ黙っている。
「滋野党が我らと合流すれば、信濃国で恐れるものは何もなくなる。そうでしょう。義仲様。」
「その通りだ。」
「…」

巴が何か言いかけたとき、小船は船着き場に到着した。

遠くに男たちが盛り上がっている声が聞こえる。海野の館からのようだ。
楽し気な拍手と歌声が風に乗って流れてくる。
義仲がまず小舟から下り、長瀬が続いた。館の家人だろうか。船着き場に駆け下り、義仲に何か話している。

巴はその姿を見て、小舟から下りようとしなかった。

「…やっぱり行きたくない」

手塚は困ったように巴の顔を見て

「ではこのまま帰りますか。千曲川を下れば私の館も近いですから。」

とあきらめたように言った。


えっ…手塚殿は巴殿を止めないのかよ!?

長瀬は二人のやり取りを驚きながら見ていた。義仲はというと家人と何か話していて気が付いていないようだ。

こここ…こ…のままだと巴殿が帰っちゃうよ…!?!?

長瀬は震えながら義仲と巴たちを交互に見て焦っていた。手塚が船頭に何か話している。

「…せっ…せっかく来たんだから、あっていきましょうよ!
 義仲様の御子に!」

長瀬は巴に駆け寄りその手をつかんでいた。
巴は目を見開いて長瀬を見た。


しししししまったああぁぁぁぁぁぁ!
おおおお俺としたことがあああああ!
く、く、首が飛ぶ~~~


長瀬の首は飛ばなかった。しかし。

「いっだあああああああああああ!!!!」
「あんたがそういうなら会ってやってもいいわ!」

巴は思いっきり長瀬の手を握り返している。

「いだあぁぁぁぁ!もげる!もげる!」


「巴、ほら、行くぞ!」
少し離れたところから義仲の声が響いた。

「はい!」

巴は長瀬の手を放し、義仲のもとへ駆けよっていった。


「ひゃあぁああ、痛かった…」

長瀬は九死に一生を得た表情で握られた手を見つめていた。

「…長瀬殿は、勇気があるな。」

手塚は長瀬の肩をそっと抱いた。

「勇気なんてないです~なりゆきです~だって手塚殿が巴殿を止めないし…
 っていだああああぁぁぁ!」

手塚はニッコリ笑顔で細い指を長瀬の肩に食い込ませていた。

■ 関連伝承まとめ


対面

海野家の屋敷では、多くの男たちが飲めや歌えやの盛り上がりだった。
義仲が戻るのを見るや否や、一番色黒で、一番眉毛が太く、一番筋肉質の男が大声を出して近づいてきた。

「ムコ殿のお帰りじゃ~! さあ一緒に呑も…」

巴を目にして声を止めた。

「誰じゃおぬし。」

男は丸い目をさらに真ん丸にして巴を見ている。
巴は臆することなく見つめ返す。

その視線の強さに、男は野獣の殺気を感じたのか、無意識に臨戦態勢をとっている。
先ほどまで声を合わせて歌っていた男たちも気配を感じて静まり返った。

「あーあーあー小弥太殿。これは、私の妹。お会いしたことがなかったか?」
男たちをかき分けて、今井兼平がやってきた。
男たちは安心してまた歌い出す。巴と男はまだ見つめ合っている。

「あー小弥太殿?」
再び今井兼平が発すると

「…好みじゃ。これぞ…運命の出会いッ!」
小弥太はやにわに巴に抱きつこうとした。

手塚はそれを阻止しようと小弥太につかみかかったが、するりと身をかわされた。やわらかい筋肉のなせる業か、不自然な体制からそのまま巴に突進する。

「いっだああああああああああああ!!!!」

それは、俺の専売特許のセリフだよ!と長瀬は思ったが、巴に押さえつけられたら、そりゃ、この声出ちゃうよね…と納得した。

巴は見事に、左手で小弥太の右手をひねり上げ、右手で顔を床に押し付けていた。

「この…怪力…!ヨメに!ヨメに欲しい!!!強い子を産んでくれ~!」

「何言ってるの!?頭おかしいんじゃない!?」

と言いつつ、巴もまんざらでもない表情を一瞬魅せたのを手塚は見逃さなかった。
長瀬は巴と義仲の顔を、やっぱり震えながら交互に見ていた。
義仲は今井と二人で苦笑いしている。


「小弥太、お前が悪いな」
凛とした女性の声が響いた。男たちは歌を止めて、身をただした。

衣づれの音が聞こえるぐらい、場は静まり返った。
控えめな柄ゆきだが、上質な着物を羽織った女性。威厳に満ちた表情、立ち姿はいかにも武人の趣だ。その胸にはおくるみに包まれた赤子の姿があった。

「海野の姉様」

巴が女性を見てつぶやいた。

「巴、強くなったな。小弥太をいなすとは。」

「…姉様!この方をご存じなのですか」

身を自由にされた小弥太が息を整えながら言う。

「しばらく木曽で、過ごしていたからな」

巴は憎悪にみちた表情を隠さない。
海野の姫は、巴が自ら望んで師事した女傑…男児がなかなか生まれなかった海野家で滋野党を率い、都で起きた乱にも参加した武芸の達人だったからだ。

木曽に招いたのも巴。
諏訪社の祭で出会い、武芸のけいこをつけてもらいたいと熱望した。
義仲、兄の兼平、弟の兼行も一緒に。

まさか12も年上なのに、義仲と関係するとは思いもよらなかった。

義仲も、自分も、姫とは親子でもおかしくない年の差なのだ。

手塚が言っていたように、滋野党と関係を結ぶ必要はあった。しかしそれがなぜ自分が師と仰ぐ海野の姫なのか、義仲がなぜそんな行動をとったのか、いやどちらから誘ったのか。考えるだけで吐き気がしてくるような状況なのだ。

館にいる男たちは海野家の縁者である。
巴から発せられる野獣のような憎悪の波動に、一様に身構えている。



どどど、どうしよう…!?!?!


長瀬はやっぱり震えながら、巴と、海野の姫と、男たちと、義仲と、首がもげる勢いでぐるぐる見回している。

…なな何か起きたら、俺と、手塚殿しか、巴殿をお助けできないのでは…
あわぁああ


その時


「…ふえええぇぇぇぇぇ…」


か細い声で、赤子が泣き出した。

ピリピリ張り詰めた空気が、突然やわらかくなる。


「どうした、高寿丸?」

海野の姫はスッと腰を下ろし、赤子をあやした。

まだ赤子を見ていなかった巴と、長瀬は吸い込まれるようにその顔を目で追った。

「…!!!!! とっとっとと… 尊 い … あっあああぁぁぁ!!!」

え?俺なんも言ってない…え?
とと巴殿!?!?

長瀬が巴を見ると、ひざまずいて震えながら赤子に手を合わせる姿があった。

「やばい…義仲様にそっくりすぎ…天からの使い!尊すぎる…
 ありがたすぎる…ああああぁぁぁかわいいぃぃぃ~」

「でしょでしょ?かわいいでしょ高寿丸!」

「はい姉様、最高です~!!!
 この瞳…義仲様をちっちゃくしたみたい!!」

「でしょでしょ!」


赤子の前で立ちふさがるすべての壁は崩壊した。
巴と海野の姫の嬌声が響くのを聞いて、男たちはまた歌い出し、義仲もほっとした表情になった。小弥太はでれでれと巴を見つめている。
長瀬は力が抜けてへなへなとその場に座り込んだ。


なんか、丸く収まったぽい…


「ありがとう。巴を連れてきてくれて。」
義仲が長瀬に声をかけた。

「偶然ですよ。なりゆきの、なれのはてです。」

「こころに強く思うことがあれば
 なりゆきが必然を連れてくる…なんてな!
 さて、みんなで今夜は思いっきり飲もう!」

海野の館の楽しい宴は夜明けまで続いた。

■ 関連伝承まとめ



※この物語は伝承をもとにした義仲館オリジナルストーリーです。

※海野の姫が義仲の妻なのは、長野県内に残る系図によるものですが、年齢差および女武者設定は創作です。