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源氏編2 悪源太義平の独白

俺は伝説の男だ。
良く聞け。

名前は鎌倉悪源太源義平。

通称悪源太義平ってのが俺の名だ。

まぁその名も高い河内源氏の嫡流の血筋だ。
悪源太ってのがカッコいいだろ?
な。
これは強過ぎる源氏の長男って意味だ。

まさに俺にピッタリの二つ名[ニックネーム]だろ?
ってか
俺様だけに冠せられた呼び名だ。

ま、源氏っつっても今も昔もいろいろ有名な先祖達がいるが、
俺程、強そうな二つ名を持つ奴はいねえ。
それに強そうじゃなくて俺は強え。

ハンパ無く強えんだ。

話盛ってる訳じゃねえ。

まあ聞け。
おいおい話してやっから。

で、歳は今年で十九才だ。
十代で悪源太なンて呼ばれてる以上、有名なんだよ俺。

あぁ?
名前のコトはもういいだぁ?チッ!
話のコシ折るんじゃねェよ!

まぁいい許してやる。
じゃ最初っから話してやっから黙って聴いてろ!いいな!


俺が源氏ってのは話したよな。
そう親父は源義朝っつって源氏ン中じゃ日本一有名な武将だ。
俺は尊敬してるね、親父のコト。

なんたってアウトローなトコがカッコいい。

俺の親父はさ、
親父の親父、つまり俺の祖父為義とはうまく行って無くて、
ま、いろいろあんだけど
嫡子と認められなかったコトが一番でけぇな。

長男なんだぜ親父は。
なのに跡取りにしてもらえなかったら、やっぱりハラ立つよな。

だから、弟連中とも仲良い訳が無ェ。
親父の代わりに嫡子になって喜んでるような連中だからな。
俺も当然ハラ立つ。

しかもその叔父連中ときたら、
どいつもコイツ頼り無ぇ奴らで、
特に親父のすぐ下の弟で義賢って奴は、都で結構な官職に就いてたのにヘマやって解任とかされてんの、バカじゃね。

しかも祖父ィも若ェ頃、同じようなコトして解任されたコトがあんだよ。

確か、殺人犯だか強盗だかを捕まえたのはいいが、そいつを逃がしたんだか匿ったんだか似たようなコトしてよ。
親子二代でバカやってんじゃねーよって話だ。

だけどな。そんな奴らと親父は違う。
自分で実力つけて上に行ってやるって思ったんだな。
だから、そんな祖父ィや弟連中を見限って都を棄てて関東へ行ったんだ。

俺が生まれたのは関東だ。
親父は先ず、上総国[千葉県]に行って、その地の上総介って豪族とツルんで勢力をデカくして行った。

その後、相模国[神奈川県]まで勢力をデカくした時、三浦って豪族が親父にツイた。三浦義明の娘との間に子が出来たのさ。
つまりそれが俺のコトで三浦義明ってのが俺の母方の祖父ちゃん。
義明の娘ってのが俺の母ちゃんって訳だ。

相模に勢力をハった以上本拠地は鎌倉だ。
この鎌倉ッてのは河内源氏代々の相伝の地だからな。
俺らにとって聖地っつってもいい。
まぁそこいら辺で俺は育った訳だ。

初陣なんて憶えちゃいねえ。
気がついたら戦さに何度も出陣してたからな。
関東は荒っぽくて俺の性には合ってんだ。

そんなこんなで十五になるまで喧嘩喧嘩戦さ戦さで明け暮れてたな。
その後もやっぱ戦さ戦さで明け暮れたがな。
俺はヤッたぜ。親父の為に。
その親父と俺の頑張りが報われたのさ。

あれは確か五、六年くらい前か。
親父義朝が下野守[栃木県]に就いたんだぜ。一国任された訳だ。
これは俺の一族にとっちゃ凄えコトだ。
何せ河内源氏じゃ五十年ぶりだからな。
つまり俺の曾祖父義親が対馬守に就いて以来ってコトだ。

ちょっと言っておくと、この曾祖父が最高に偉ェって訳じゃねえ。
国守に就いたのはいいが、ヘマやって反逆者ンなって追討されちまったんだからな。

これを討ったのが伊勢平氏だ。
正盛って奴。
で、平氏はこれをキッカケに正盛、忠盛、清盛と三代でどんどん偉くなって上に行っちまった。

その間コッチ源氏はひでぇもんさ。



だいたいウチの一族は代々、親子とか兄弟が仲悪いんだよ。

有名な八幡太郎義家って先祖がいんだけど、これも弟[加茂次郎義綱]とバチバチやりあったらしい。
その義家の子ってのが話に出た曾祖父義親だ。
これも兄弟仲最悪だったらしいしな。

その子供が祖父ィ為義だけど、この祖父ィは荒っぽいだけで、何ヤラしてもダメで、全然上に行けてねえし、俺の親父と仲悪ィ。
親父の代も兄弟仲悪ィとくると何だかなって感じだろ。

ま、一言で言やぁ、平氏は代々それなりの奴が家を継いで上に行けたのと違って、源氏は代々ヘマやらかしたり仲悪かったり世渡り下手で鳴かず飛ばずだったって訳。

それを親父が変えたんだ。
祖父ィ為義を超えたんだよ。
親父は、自分の実力で源氏嫡流を手に入れたんだ。

さすがだろ?

ま、都の偉ェ奴の引きがあったのは間違い無ェけど、誰についたらトクなのか見極めんのも実力さ。


それで親父は都に返り咲いた訳だ。
そこで俺が鎌倉に残って関東を任されたんだ。
凄えだろ?な。

だが、ここで邪魔な奴が出てきた。
親父の弟の義賢って奴だ。

前に話したろ、ヘマやって解任されたのはザマみろだけど、こいつが親父のマネして東国に来やがった。
上野国[群馬県]辺りでおとなしくしてりゃイイんだけど勢力拡げやがって武蔵国[埼玉県]も取りにきやがった。

ここで俺とブツかるのは当然だよな。
ま、親父からもアイツが調子ん乗ったら討ち取れって言われてたけど、言われ無くても俺は討ったね。

だってアイツ気に入らねえし目障りだったからな。

だから義賢の住む大蔵館にカチ込み[奇襲]かけて討ち取ってやった。
軽ィもんだったぜ。まぁ奴の子供[駒王丸、後の義仲]は逃がしちまったが、ガキぐれぇ見逃してやるよ、とりあえずな。
悔しかったら俺ントコ来いってんだ。
そん時かわいがってヤるからよ。

で、この一件で俺はさらに名を上げた。

モトモト仲間ウチじゃ悪源太って呼ばれてたけど一気に全国区に拡がったな。

鎌倉悪源太。
イイじゃねえか。

でな。普通だったら大問題になるんだよ、同族内での切ったハったは。
だけどな、都の偉ェ奴がバックに付いてんだ。お咎め無しだよ。
世の中ってのはこう言う風に渡ってかなきゃな。

そっからな俺も親父も無敵だったな。
俺は関東で順調に勢力を拡げてたし、親父も都で出世して行った。
・・と、ここで話しとかなきゃな。俺の弟達のコトだ。


俺にゃ兄はいねえ。悪源太だから太郎つまり長男だからな。
弟達は全部で八人?九人?え~と正確なトコロは分からねえが、とにかくそのくらいいる。
一番幼え奴は生まれたばっかで、確か?・・牛高?いや馬若?・・・そうだ牛若とかいったな[牛若丸、後の義経]

ま、あまり幼え奴らのコトはチョット分かんねえ。
俺のすぐ下は朝長、その下の頼朝ときて、そのくらいまでなら分かるんだけど、その下はもう十才になるかならんガキ達だからな。
元服もまだだし。とにかく弟は多い。

で、ココからがキモなんだが、俺は嫡子じゃ無え。

朝長と頼朝は俺と違って、おとなしいし毛並みがイイんだけど、親父は頼朝のコトが気に入ってっからおそらく頼朝が跡継ぐんじゃね。

ま、弟達が使える奴になってくれたら俺は弟を助けて盛り立ててやるが、使えねェ奴になっちまったら、その時はその時だ。
俺が継いでも構わねェ。
だが弟ン中で俺のような奴が一人二人出てきてくれたらウチの一族はもっと無敵になるだろう。

おう、その後の話な。
でな、そのアトに来るのが保元の戦さだ。
ま、ムズカシい事は俺も良く分かんねえんだが、とにかく都で政治がらみのゴタゴタがあって、いや戦さなんてモンは全部政治がらみなんだけどな、基本。

な訳で親父は勝った。

これでまた出世して、ついに河内源氏の棟梁源義朝サマになったって訳よ。
もう誰にも文句は言わせねえ。
文句言う奴もいねえんだけどな。

この戦さで、祖父ィ為義をはじめ親父の弟達は皆、負けた方にいやがったから、大抵は死んだり流されたりしたからな。


これで終わりかっつうと、そうじゃねえんだ。
親父はこれでも飽き足らなかった。

だってそうだろ?
河内源氏の棟梁ってのは武家の棟梁って意味だ。
まだ親父の上には平氏がいる。

奴らと同等、いや奴らを超えてこそ本当の武家の棟梁だ。

つまり日本一の武将になろうってんだよ。
親父はそこまで見てる。

本当凄えよな。尊敬だよ。
さすが俺の親父だ。


俺の弟達も官位と官職をもらって出世した。

俺?
俺は無位無官。

親父が俺に言ったんだ。
無冠の帝王の方がカッコいいって。
それにイザとなったら親父のようにチョット実力見せてやればいつでも官位官職なんてモンは手に入るって。

俺はいいんだよ。
無位無官で。

で、親父は勝負に出た。
親父の人生はずっと勝負の連続だったけどな。

今となっちゃ最期の勝負だったんだが・・・

それが平治の戦さだ。
都で清盛がいない内にクーデターを起こしたんだ。
これも当然政治がらみの戦さだが、最初は俺にも知らされて無かったから、聞いた時にはアセったぜ。
その時俺は関東にいたが、親父が勝負に出たんだ、居ても立ってもいられねェ。

何てったって喧嘩の相手は平家だ。
奴らは兵力が多い。
都やその近くでどれだけ兵力を集めるか分かりゃしねェ。

それに比べて親父達は秘密で計画を進めたから、おそらく兵力はそんなに動員してねェだろう。

当たり前だろ。
兵力を集めようとしたら、計画知ってる奴も多くなる。
そしたらすぐバレるからな。

だから俺は急いで仲間ァ集めて都へ駆けつけた。

都へ着いた時には十七騎しかいなかったがな。

とにかく、ズミ[三浦義澄]、シゲ[渋谷重国]、スエ[平山季重]、モト[足立遠元]達、俺も認めた強ェ奴らを引き連れて親父と合流した。

喜んでくれたよ親父は。
弟達ももちろん喜んでたしな。

朝長と頼朝も出陣していて、元服して鎧を着てたのには驚いたぜ。
見ねェうちにデカくなってた。

とは言っても朝長十五才、頼朝は十三才だけどな。
でもまぁ、健気なモンじゃねえか。

俺は親父と弟の為にもヤろうと決めたね。
そこから平氏との合戦だ。

親父は六波羅[平氏の本拠地]に攻撃をかけるつもりだったが、反対に遭ってこの作戦はポシャった。
この時、平氏の方が行動が速かった。

グズグズしてて後手に回り、どうやら内裏に立て籠もって迎撃するしかなくなった。
俺達に攻撃して来た平氏の奴は重盛[清正の長男]、頼盛[清盛の弟]の軍勢だった。
だが、この時は俺達の方が強かった。

重盛を討ち取れるかと思う程、奴らを追い詰めた。
そのまま勢いに乗って六波羅へ突撃する為に六条河原まで進撃した所でまた、激しい戦いになった。

だが、ここまでだったな。

なんせ奴らの方が数が多いし、俺らの軍勢からは、日和って裏切った奴が出たりして味方はメチャクチャだったからな。
軍勢が三、四十騎ぐれぇまで減らされたところで、さすがの親父もガックリきた。

自害するとか寝ボケたコト吐かすからアセったぜ。
ま、何とか思い止まらせた。

とにかく関東へ逃げれば、また盛り返すコトも出来るからな。



だがよ、この逃避行がサイアクだった。
弟の朝長は戦さの傷が元で動けなくなったから、親父がトドメを刺してやったり、もう一人の弟頼朝とはいつの間にかハグれちまった。

俺は親父と分かれて一足先に関東へ行き軍勢を立て直してから親父を迎えに戻ろうとしたが、俺がいなくなった後、親父は裏切りに遭って殺された。




まぁ、裏切りってか何てか、俺らはその時、謀叛人になっちまってたからな。




だが許せねェ。

親父殺した奴は当然許せねェが、俺が許せねェのはそんな小物じゃねえ。

平氏の奴らだ。

親父や俺が命ハって気合い入れて頑張ってやっとココまで来れたってのに、それをタタき落としやがったからな。
しかも謀叛人だと?笑わせんな。

そっちがその気なら俺にも考えがある。
だから俺は一人でも平家と闘ってやる。


清盛、頼盛、重盛以下全員、俺があの世へ送ってやる。


って訳で都へ入って清盛を付け狙ってたが捕まっちまった。
だから今、ココにいんだよ。


ココは、せめェし、くせェな。

で、さっき聞いたが俺は明日、あの六条河原で首斬られるんだと。
だかな、まだ分からねえぞ。
俺の仲間が助けに来るかもしれねェからな。

さて、俺はそろそろ寝るわ。
お前らも寝ちまえ。
お前ら別に死罪になるような大物じゃねえだろ。
ウルサくすんなよ。







義平は同室の罪人達に背を向け、壁に向かってごろりと横になった。
いつまで経っても目を見開いたまま。

義平は

(親父は何を間違えた?
いや、どこで間違えた?
俺もどこで何を間違えた?

いや!

親父も俺も何も間違っちゃいなかった!

誰が何と言おうと間違って無ェ!
なのに

何でこうなった?

話が違うじゃねェか!

・・・畜生、畜生!親父も俺も正しかったんだ!)

この様な事を繰り返し繰り返し、考えていた。
月が沈んで行く。もうすぐ夜が明ける。