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義仲ものがたり 第4話

~信濃源氏・長瀬義員が見た義仲~

■これまでのお話
 俺・長瀬義員は木曽義仲様のご近所にして幼なじみ。元服前に鉢盛山でお互い馬を走らせていて偶然出会った。義仲様にはそれがとても印象深かったらしく、信頼を置いてくれている。
 諏訪社大祝・金刺盛澄や滋野一族の海野の姉様、信濃源氏の依田氏に応援され、義仲様の勢力は拡大中!
 そして時は、治承3年(1179)


 「おーい!こっちこっち!」

 義仲様が手を振っている。
 俺・長瀬義員は小県からお連れした海野の姉様をゆっくりとご案内する。姉様はだいぶ体調が悪く足元がおぼつかない。しかし今日は滋野一族総出で、はるばる安曇郡にやってきた。安曇郡に代々住まわれている大豪族・仁科様が立派な寺院をお開きになり、都の仏師に彫らせたという千手観音の開眼供養が行われるからだ。霊験あらたかに違いない。姫様もご覧になれば元気になられるはずだと義仲様がお招きになった。

 他にも千手観音を一目見ようと仁科殿と関りがある信濃国中の武士が一堂に会して、大変にぎやかだ。木曽からは義仲様の養父・中原兼遠様、諏訪からは大祝の名代で手塚光盛殿、筑摩からは俺の親戚、つまりは義仲様とも遠い親戚の源氏・岡田様、水内からは善光寺の栗田様、高井からは笠原牧の笠原様。それぞれ家臣や奥方様をお連れになり談笑の輪が広がっているが、俺のような若輩者はお歴々の姿にそそうのないよう背筋が自然と伸びる。

 ふと目をやると新築された立派な建物の朱がまぶしい。付近の山々は遅い紅葉で色鮮やかだ。

「義仲様!御自ら大きなお声を出されずとも、私がご案内したのに。もう少し威厳を持った振る舞いをなさってください。」

義仲様の隣に立つ今井殿が説教を食らわせる声が聞こえてくる。義仲様はあいかわらず「てへっ」と笑った。

「父上~!!!」
「高寿丸!元気だったか!」

海野の姉様の横を通り抜けて、義仲様の息子・高寿丸が駆けだした。久しぶりの父子の再会だ。美形と美少年…華やかな存在感に周囲の視線が一斉に集まる。

「義仲様とそっくりですな。源氏の血は濃いというが…」
感嘆の声がさざめく中、祭事を知らせる太鼓の音が響いた。

訪問者たちは列を作り、本堂に入った。金を惜しげもなく施した内装。中央にそそり立つ大きな千手観音に圧倒される。
順に促され、席に着く。手塚殿、栗田様、中原様、笠原様、岡田様、滋野党の名代・根井小弥太殿、そして義仲様。

これが今の序列なんだな

と思ったのもつかの間、高僧が登壇した。それを合図に全員が頭を垂れ、経をあげる声に耳を澄ます。時折仏具の音が響いて、こころの中の雑念が消えていく。

経のおわりに施工主である仁科盛家様の名が読み上げられた。
なぜか「平朝臣盛家」と。


「おぬし、いつから平氏になった?」

岡田様が仁科様に詰め寄っている。いや、正確には岡田様は多くの武士たちの疑問を代表しているといっていい。仁科様は代々安曇に続く名家。平氏の血がいつ入ったのか?騙っているのか?謎すぎる。

「都はすっかり平家の勢いが盛ん。というわけで、平家にあれこれ寄進した結果のこの寺の建立というわけなのですよ。なので、平朝臣ということなのですよ。」

仁科様はニコニコと言ってのける。

「おぬし、血脈の誇りはないのか!金で家名を買うのか!」

「岡田殿は源氏ですからどーひっくりかえっても平氏になれずお気の毒ですね」

「ぬぬぬ~!ひっくり返っても平氏になる気などさらさらないわ!」

「ハハハ!利用できるものは利用して生きるというものですよ。ねっ中原殿」

中原兼遠は突然の指名にびっくり顔をしたが、岡田と仁科のやり取りを息をのんで見ていた武士たちを見まわしていった。

「かねてより、源氏と平氏が軍事貴族同士、都で競い合っていたのは周知の事。源氏が上になり、平氏が上になり。しかしそれは都の、信濃国には及びもよらぬ話。我らは上になったものを利用すればよい。
源氏の義仲様を養うために、私は平家に寄進し家人となった。おもしろかろ?」

義仲様がズイズイと進み出て言い放つ。

「私は平家のおかげでこのように大きく育ちました!」

両手・両足をバっと広げて、滑稽な動きを加えて。それを見て、武士たちはどっと笑った。

「岡田殿、そのうち源氏が上になり、仁科様が、源朝臣盛家となられるよう、励みましょうぞ」

義仲様が瞳をキラキラさせて訴えると、岡田様は吸い込まれるようにうなづいていた。

「さあて。皆で楽しく食べて飲みましょう。今日は無礼講というものですよ。」


 仁科が呼びかけるとたくさんの料理と酒が運ばれてきた。信濃国の武士たちは、地域、家柄に関係なく笑い、語り合い、千手観音を眺めながら時を忘れて酔いしれた。




「とても素晴らしい観音さまでした。よどみが消え去ったように感じます」

安曇郡から小県郡を目指して峠道を滋野一族が行く。義仲も同行し、その馬には海野の姫が一緒に乗っている。

「姫をお呼びしてよかった」

義仲ははにかみながら姫の目を見た。

「わたくしとしては、源氏が上にならないほうがよいと思いますが」

「え”っ⁉」

「今でも夢に見るのです。幼い義仲様に会った日の事。
母君・小枝様がお味方とはぐれ、信濃の山をさまよい、小川の前で倒れていらっしゃった。傷だらけになって、膿んで腫れていた足。その傍らで歌うように泣いていた義仲様…源氏同士が殺し合わなければ、小枝様が早く亡くなられることもなかった」

「母上…」

「源氏は恐ろしい。おいと叔父、息子と父、兄弟…どうして殺し合うことができるのでしょうか。わたしはこの目でその瞬間を見ました。保元の戦…それはおぞましいものでした。助けを請う親族を一刀に…義仲様は兄弟のような今井を殺せますか?」

「考えたこともありません」

「あのとき滋野一族は力が足りず、命じられるままに義仲様の父上の仇・源義朝の陣営に加わっていました。そこでわたくしは、家のために親兄弟でも殺し合わなくては生き延びられない厳しい時代が来たのだ、滋野一族もそうならなくてはいけないのかもと考えました。
ところが、源氏の繁栄のため叔父を殺した甥も父を殺した息子も、のちに平家に殺されました。
そして、一族が協力している平家が今、都で盛りです。

源氏同士の殺し合いはまちがっていたのです。
わたくしは義仲様にあの恐ろしい源氏として生きていただきたくない。
木曽義仲として生を全うしていただきたい。」

「源氏ではなく、木曽義仲として…」

義仲は海野の姫をぎゅっと抱きしめた。

「義仲様…?」

「木曽義仲として…私は…」


義仲の馬の後ろにつけていた長瀬が目のやり場に困って照れていた時、峠道を水内方面から駆け込んできた騎馬武者がいた。

「何者!?」

滋野一族が身構えると、武者は叫んだ。

「お寺が、お寺が…」

明らかに様子がおかしい。全身が震え、手を振り回している。
長瀬が近寄ろうとすると、根井小弥太が俺に任せろと言わんばかりに進み出た。

「何があった!」

「燃えてしまいました!お寺が!」

一同の脳裏に、仁科の素晴らしい寺と千手観音が浮かんだ。


「善 光 寺 が !!!」


「はあっ!?!?!?」

義仲は根井、長瀬他数名を連れて、峠道から水内が見える山に駆け上った。
犀川と千曲川の流れの先に、立ち上る煙が見える。

「ほんとらしいな…」

「そんなばかな」


善光寺とは、日本最古の仏像があるといわれる屈指の寺である。諏訪社と並び信濃国の誇りともいうべき存在だ。それが、燃えた。

義仲は風の中立ち尽くした。


伝令は仁科の寺で酒を飲み交わした栗田氏の兵だった。善光寺を中心とする武士団の長だ。
「なんということだ、栗田氏はご無事か?」

根井が伝令にたずねるが要領を得ない。

「伝令に出てしまい、ご無事かは…」


「自然に起きたものとは、到底思えぬ」

凛とした声が響いた。

「栗田殿のご無事と、善光寺平の様子を見て今後を占う必要があろう。」

「…姉様!…」

すっくと立つ姿は、長く病に臥せっていたとは思えないほどだ。

「しかし、これが戦へのさそい水であるのならば、義仲様が行くのも、根井が行くのも、敵の思うつぼ。部下を率いて向かえば攻めてきたと吹聴されるやもしれぬ。
ここは、私が参る」

「姉様、お身体は…!無理をなさってはいけません」

滋野一族がこぞって制止した。しかし、姫の勢いはとどまらない。

「千手観音のお導きで力がみなぎっておる。女が連れ立って向かうのであれば、敵を欺くことはできずとも、口実を作らせることにはならぬ」

「…女が連れ立って?」

抱いていた高寿丸を郎党に預けて一人の女性が姫に歩み寄った。

「私が一緒に行くってことね!」

「巴」「巴殿!」

根井は天を仰いで言った。

「巴様と姉様なら、二人で百人力、いや、千人力だな」

義仲は一瞬ためらったが、覚悟を決めた。

「我らは依田城に向かう。そこで、姉様からどんな報せがあっても対応できるように準備に入る。」


「「「「オウ!」」」」

滋野一族が鬨の声を上げた。

長瀬はそれを見ながら、直感していた。

「姉様と巴には、長瀬をつける」

「はっ」

やっぱりぃ~俺の出番か~!

長瀬ももはや声にならない悲鳴を上げることはなく、義仲の重臣として、かっこよく返事をした。

「俺もいってもいいでしょうか!」

若々しい声が響いた。
楯六郎、根井小弥太の六番目の弟だ。

「よし、長瀬、楯、頼んだぞ!」



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