義仲戦記17「篠原合戦」
実に立派な馬であった。
正に竜蹄[りょうてい。極めて優れた馬の事]と形容するのに相応しい陸奥産の駿馬である。
「陸奥の藤原秀衡どのより、戦勝を祝って義仲様に駿馬を献上する、との事です」
四天王筆頭、樋口兼光が報告した。
義仲勢約五万騎の軍勢は、砥浪山方面倶利伽羅峠で、平氏方追討軍大手の軍勢に大勝利、その直後、志雄山方面で平氏方追討軍搦手の軍勢にも勝利した。実に般若野、倶利伽羅、志雄と三つの会戦に連勝した義仲勢は、志雄山を越え、能登小田中[石川県鹿島郡鹿島町小田中]に進出し、ここに全軍で布陣していたのである。
その義仲勢の本陣に、二頭の駿馬を献上するべく藤原秀衡[奥州藤原氏の三代目。鎮守府将軍、陸奥守。現在の東北地方のほとんど全域を支配していた陸奥の覇王。源義経を庇護していたのがこの秀衡]の郎等が訪れたのであった。
「使いの役目、御苦労であった。噂に違わぬ陸奥の駿馬、心より礼を言う。と、秀衡どのに伝えてくれ」
義仲は言い、秀衡の郎等を下がらせると、
「この二頭の駿馬に鏡鞍[金銀の装飾が付いた高級な鞍]を乗せて置いてくれ」
自分の郎等に命じた。
と、
「義仲様。今この時機[タイミング]を選んで奥州の藤原秀衡どのが馬を献上して来た事には、何か裏があるのでは?」
樋口兼光が懸念を口にした。
「兼光の言う通り絶対何かありますぜ。秀衡は油断がならない武将だ。何せ、先の横田河原の戦さの時には、越後の城氏が敗けた、と知るとすぐに城氏の本領地会津を掠め取りやがったからな」
同じく四天王の根井小弥太が言った。
しかし義仲は口許に微笑を浮かべつつ穏やかに、
「兼光。小弥太。それは二人の考え過ぎだ。私も藤原秀衡どのの本当の考えなどは解らない。が、今はこう考えている筈だ。『源氏には敵対しない。そして平氏にも味方する訳では無い』と」
諭す様に言った。
すると、それまで遣り取りをじっと聞いていた四天王の今井兼平が、
「義仲様の言う通りかも知れません。覚明、あの話しをしてくれ」
呟く様に言うと、祐筆[義仲の書紀、秘書]の大夫坊覚明にフった。
「おゥ。あの事、って言っても知ってる者もいるかとは思いますが。秀衡は頼朝の弟の九郎義経って奴を奥州に保護して育て、頼朝の挙兵の時に送り出したんですが、奥州の軍勢までは付けてやらなかったんですよ、義経に。つまり・」
覚明のセリフを四天王の楯親忠が引き受け、
「秀衡は平氏は勿論、源氏の頼朝、そして源氏の義仲様に対し、いい顔はするが誰にも味方するつもりは無い、と?」
「そう言うコト」
覚明が大きく肯き、
続けて、
「どの勢力とも付かず離れず、でやって行きたいんじゃないか?一応、源氏の頼朝と義仲様には、繋ぎ[つなぎ]と言うか嘉み[よしみ]を付けては置くが、自分からは何もしないぞ、と言いたいんでしょ、秀衡は」
断言した。
「と言う事は、我が軍にとって後背を気にしなくて良くなった、という事か・・・」
手塚太郎光盛が言うと、
「そうね。あたしも攻めて来ない、と思う。秀衡サンは」
巴御前、戦う美少女巴が考えながら行った。
続けて、
「義仲様が勝ち続けている限りは・・・」
この言葉は、この場に居並ぶ義仲の麾下の武将全員の肝を冷やした。
彼らは巴の一言で、自分達の立っている足場の脆さ、を改めて思い知らされたのである。
敗ければ総てが水泡に帰す、という事を。
確かに、軍事的には義仲勢が一番強い。勢いも有る。
この時点で、義仲勢に勝利し得る勢力は日本に存在しない、とは言い過ぎではあるが、ほぼ事実に近い。
しかし秀衡であれ、頼朝であれ、平氏であれ、一度戦さに敗北したくらいでは揺るがないだけの(つまり滅亡したりしないだけの)勢力と組織を作る事には成功していたのである。
つまり、ある程度強固な政治的地盤[足場]の上に立脚していたこの三者に比べて、軍事的勝利のみを積み重ね、一日も速くこの内乱状態を終結させる事だけを目標にして、突き進んでいる義仲には、その政治的地盤、或いは政治的組織を固め、自己の権威と権力を確立する事などは眼中に無く、であるが故に、その様な事に時間と労力を割いてはいられなかった以上、その政治的立場の不安定さは仕方の無い事ではあったのである。
改めてこの事実に思い至った義仲麾下の武将達は、ほんの一瞬だけ背筋が凍る様な怖れを覚えた。が、次の瞬間には各々の武将らの心の中には、意志と闘志と決意が湧き上がっていた。
勝利するたびに、大きく、重くなる責任と共に。
その責任、とは、この内乱に参加、または傍観している全ての武将や公卿や政治勢力に科せられたもので、一言で言えば『戦乱状態を早期に終結させる』という責任が在るのである。
義務、と言い換えても良い。
だが、多くの武将や侍達、そして公卿らは、ただ自分が属している勢力の勝利の為だけに、また自分の勢力や利益を増やす事の為に活動しているのであって、『戦乱状態を早期に終結させる』などという義務を自分が負っている、と自覚している者は少数派であった。(この事は別にこの時代に限った訳では決して無い。いつの時代もそうである。現在に於いてもまた。)
しかし、義仲は本気でこの事を自分の責任、義務と受け止めていた。
そして、主だった麾下の武将達も同様に。
義仲や麾下の武将達は無論、戦いに勝つ為に闘っている。しかし、ただ勝つ為だけに闘っている訳では無い。それは「戦いを終わらせる為に闘う」という事。義仲勢は、勝利の先に在るものを目指しているのである。
「ならハナシは早ェ。秀衡が陸奥から出て来たくても、出て来られない様にこのまま勝ち続ければ良いだけだ。俺ら義仲勢がな!」
小弥太が自信満々に言いつつ、一人で納得した様に肯いている。
その様子を半ば呆れ顔で見ていた他の武将達も、自分達が今まで以上に、そしてこれからも勝利のみを積み重ねて行かなければならない事を、改めて感じていた。
義仲様と共に、自分達が、いや自分達こそが戦乱の世を終わらせて見せる、との気概を。
と、
「そうなんだけど。簡単に言い過ぎよ。小弥太は」
巴が呆れ半分、可笑しさ半分と言った顔で言うと、
「簡単でイイじゃねェか。俺らがヤれる事はソレしか無ェんだから」
小弥太が上機嫌に不敵な笑みを浮かべ、胸を張って言い切る。
「判った判った、小弥太。ところで義仲様」
樋口兼光が微苦笑して小弥太を抑え、義仲にフる。
続けて、
「献上された駿馬に鏡鞍を付けさせて、一体どうなさるのです?」
「戦勝の祝いとして秀衡どのより贈られた竜蹄だからな。私のものにする訳にはいかない」
義仲は、当然、と言う様に答えた。
「何故です?あの良馬は義仲様にこそ相応しい、と思うのですが」
楯親忠が不思議そうに異をとなえる。
「いや。この私がここまで勝利を重ねて来られたのは、お前達や兵達の働きと、その様に図らってくれた神仏の御加護が有ればこそだ。
ここは神仏に寄進したい、と思っている」
義仲がいつも通り穏やかに告げた。
この源義仲という人ほど、驕慢、という言葉から程遠い人はいない。
単なる強い武将、というだけならここまで勝利を重ねて来れば、自分は優れていると過信し、また驕り昂ぶってもおかしくない筈であるが、義仲という人はやはり、そこら辺に転がっている武将らとは、何かが決定的に違っていた。
彼は強さを兼ね備えつつも、心から神仏を崇敬し、自分を特別な者とは思わず、穏やかで優しく、他人を思い遣る事が出来るのであった。
そんな義仲を、誇らしげに、また嬉しそうに見詰めている者がいる。戦う美少女巴であった。
「義仲様がそうお考えなのでしたら、その通りにすれば良いんでよ。反対する者がいたら、あたしが懲らしめておきます」
巴がはじける笑顔で少し戯けて言いつつ、皆をじろり、と見回すと、
「誰も反対なんかして無いぞ。巴」
苦笑しつつ手塚光盛が応じた。
と、
「有り難う。巴。光盛」
律儀に頭を下げつつ義仲は
「この竜蹄は寺社に神馬として奉納し、更に諸方の神社仏閣にも神領、寺領として土地を寄進する事にしたい」
と宣言した。
「諸方の寺社に、馬だけで無く土地も寄進・・・ですか・・・」
今井兼平が心無し眉を潜めて呟いた。
覚明も承服しかねる、と言った表情で口をへの字にしている。
すかさず巴が二人を睨んだ。ぎろり、と音がしそうな程。
そんな様子を気にせず義仲は続けた。
「先ず
白山比咩神社へは竜蹄を一頭、神馬として奉納。
そして横江、宮丸[石川県松任市横江庄、宮丸保]を神領として寄進。
菅生石部神社[加賀国八社の一社]へは、能美の庄[石川県能美町の荘園]を。
多田八幡神社[石川県小松市]へは、蝶屋の庄[石川県石川郡美川町内]を。
気比神社[福井県敦賀市]へは、飯原の庄[福井県敦賀市内、葉原荘]を」
ここまで言った時、流石の戦う美少女巴の表情も、微妙に変化していた。
いくら、あたしの義仲様の言う通りにする、と言っていても少し度が過ぎるように思っていたのである。
しかし、義仲は続けた。
「最後に平泉寺へは、竜蹄の一頭を神馬として奉納。
そして藤島七郷[福井県福井市内、藤島庄の七ヶ村]を寄進する」
言い終わると、この場の空気が相当、微妙なものに変化していた。
義仲はその空気を感じ取ると、どこか可笑しそうに微笑みながら兼平に、
「何か言いたそうだな、兼平?」
揶揄うように問うた。
「は・・・いえ・・・ただ少し・・・」
兼平が珍しく言い淀んでいると、
「少し気前が良過ぎる、と言いたいんですよ。兼平は。俺もそう思ってますがね」
悪びれずに覚明が続けた。
ふと義仲が皆を見回すと、この時、全員が頷いている。巴すら頷いていた。覚明は全員の思っていた事をずばりと言ってのけたのである。
義仲は思わず、ふっと笑うと、
「皆の言いたい事は解っているつもりだ。だが、神仏に対する崇敬の念には変わりが無いが、考え無しに土地を寄進する訳では無い。
この北陸の地で、しなければならない事が出来た以上、この土地を寄進した寺社には、それに協力してもらう」
穏やかに言っている義仲だったが、言い終わった時には、その表情は真剣にものに変わっていた。
「しなければならない事、ですか?一体なんです?」
落合兼行が訊くと、義仲は居住まいを正し答えた。
「四月から始まったここ一ヶ月以上に及ぶ北陸の地での戦闘の連続で、敵味方を問わず何千、いや何万もの将兵達が生命を墜とした。
その骸は今も戦場や山の谷間にそのまま捨て置かれ、風雨に晒されている事だろう。私はこの状況をこのまま放って置く事は出来無い。
そこで先程の寺社から人手を出して貰い、戦没した者達を丁重に弔った後に、その御礼という形で土地を寄進したい、と思っている。」
義仲は告げると、一同を見渡し穏やかに問うた。
「それでも反対する者は、遠慮無く申してみよ」
と。
誰もが驚いていた。
そして軍議の場は静まり返っていた。
義仲の麾下の武将達は全員、二の句が告げ無いでいる。
誰もが、その事に思い至らなかったからであった。
生命を賭して戦い、そして武運つたなく生命を墜として逝った者達の無念を。
義仲は
一軍の総大将として、戦乱の世に終止符を打つべく旗を掲げて起った武将として、この事に真摯に向き合い、
戦没した味方の将兵達には感謝と追悼の念を、
同じく戦没した敵の平氏方の将兵達には慰霊の念を込めて、
敵味方問わずに丁重に弔わなければならない事を痛感していたのであった。
すると、
「・・・初めからそう仰っていただければ、誰も不満の色など表さなかったでしょう・・・」
樋口兼光が代表して答えた。
その表情は真剣であり、心無しか、その事に思い至らなかった自分らを恥じているかの様でもあった。
兼光は他の四天王や諸将らに比べて、思慮深く、温厚で、視野の広い武将であったが、その彼すらも、これからの戦いの事にのみ思いを馳せ、これまでの戦いでの犠牲者の事には思い至らなかったのである。
であれば他の武将達もそうであっただろう。
兼光は、いや、麾下の諸将ら全員が改めて、自分達の主君である義仲の大きさ、に圧倒されていた。
器の大きさ、というか、心の度量の深さ、視野の広さに。
そして細やかなところに行き届く配慮と、人(死者と生者、敵と味方の区別無く)を思い遣る優しさに。
巴はしばし茫然としていたが、ふと視界の端が滲んでいる事に気付いた。それと共に、胸の鼓動が昂まっている事にも。
(今まで何度・・・義仲様にこんな想いをさせられて来たんだろう・・・あたしは・・・)
胸を締め付けられる様な、狂おしい憧れと、激しい愛おしさの感情が、巴の中で渦巻いていた。激情もしくは、熱情というべき感情が巴自身を襲っていた。
巴はその感情の激流をやり過ごす為、涙が溢れ出ない様に瞳を閉じ、静かに深呼吸を繰り返していた。
程無く、この感情の激流が過ぎ去った事を巴は感じ、瞳を開け、周りを見回すと、同僚である武将達は各々、きつく眼を閉じたり、堅く歯を食い縛っていたり、力を込め拳を握り締めたりして懸命に涙を堪えているが、中には既に堪え切れず、嗚咽を漏らしている者達もいた。
その者達は、主に北陸出身の武将らであった。
と。
「義仲様・・・有り難う御座います・・・その様にしていただけるとは・・・これで・・・これで・・・井家どの・・・藤島どの・・・葵どのや・・・死んで逝った者達も・・・きっと・・・・・」
稲津新介実澄は、嗚咽を堪えここまで言うのがやっとであった。
後はもう言葉にならなかった。
そんな北陸勢の様子を慰る様に見ていた義仲は、
「皆に異存は無いようだな。では、その様に事を進める。覚明。私や一同の思いを書状にしたため、寺社に届けてくれ。頼むぞ」
穏やかに覚明に命じた。
「解りました」
覚明は神妙に頭を下げると、その表情も真摯なものに変わっていた。
続けて、
「戦没者の埋葬、慰霊、追悼の事。各寺社に依頼し、必ず成し遂げさせます。ついては一つお願いが」
「何だ?」
義仲が訊き返す。
「はい。北陸出身の武将を一人、俺と一緒に行かせて下さい。戦さの当事者、しかも北陸の武将がおられた方が、何かと話しが早くなりますし、寺社も速やかに動いてくれると思います。そう言う訳で、出来れば津幡隆家どのを」
覚明が答えると、義仲は一つ肯き、
「それもそうだな。それに津幡どのの惣領、井家範方どのの事もある。判った、覚明。お前の言う通りにしよう。津幡どの。御苦労だが覚明と共に行ってくれるか?」
覚明に眼を向けた後、津幡隆家に向かって訊くと、
「はっ。何なりとお命じ下さい、義仲様」
隆家は一礼し、眼を開くとその眼は真っ赤になり、歯を食い縛って涙を堪えていた。意地でも涙は零さない、との気持ちがこの場に居る者達に伝わる。
「では早速出発します。次の戦さの前には戻って来ますよ、義仲様。さ、津幡どの。行こう」
覚明が立ち上がり一礼すると、隆家も同じく義仲に一礼し、
「行って参ります、義仲様」
挨拶すると、覚明と隆家は連れ立って本陣を出て行った。
「なあ。一つ訊いていいかい?覚明御坊」
各寺社へ向かう道すがら、陸奥産の二頭の良馬と二〇〇騎程の郎等を引き連れている隆家は、隣で馬に揺られている覚明に訊いた。
「御坊ってのは言い過ぎだよ、津幡どの。覚明、でいい。何だい?」
苦笑しながら覚明が応じると、
「ああ。何で俺を連れて来たんだ?
神社や寺院を廻るんなら、もっとお上品な林どのや、宮崎どの、それに仏誓のオッサンでも良かった筈だろ?
作業を早めるなら、言っちゃ悪いが新介どのの泣き落としって方が、坊主連中や神人ら[神社の神職や、その神領の住人]には効果が有る様に思えるんだがな」
「あはは。泣き落としか。ソレも一つの手段だったなあ。しかし新介どのは純粋だからなぁ、こういう事には不向きなような気がしてね」
「こういう事、ってのは戦没者の埋葬と慰霊、追悼を寺社に依頼する事だよな、覚明」
「そうそう。でも俺も大寺院の大和[奈良県]興福寺にいたから判るんだよ。大寺院てのは、土地や財産の寄進は無条件で喜んで受け取るんだけどさ、面倒臭い事はやりたがらないものでね。だから今回の事も、土地だけ貰って後は知らん顔、って事にされたくは無いからさ」
「ふ〜ん。まぁそういう奴らもいるよな、当然。いくら坊主や神官とは言え」
「だからさ。各寺社にきっちり仕事させるには、寄進ともう一つ、ちゃんと約束は守れよ、コッチはちゃんと見てるぞ、ってニラミを効かせた方が、より効果的だと思ってね。それで津幡どの、あんたを指名したって訳だよ」
爽やかな表情で、しゃあしゃあと言った覚明。
それを聞いた隆家は思わず吹き出した。
「ははっ。成る程、そう言う訳か。納得した。話し合いに行くんなら、俺以外の者が行った方がいいが、コレも言っちゃ悪いが相手を脅し付ける、となれば確かにソレは俺の方が適任だよなぁ。あんた面白ぇ坊様だな覚明。あはははは」
隆家は、気に入った、とでも言いたそうに笑いながら覚明を見た。
と、
「それと個人的な思い入れも在るからさ。この北陸には」
覚明は心無し真面目な眼付きになっている。
隆家は、ん?と表情だけで先を促す。
「俺は何年か前、修行中だった時にさ、あ、いや今でも仏道の修行中なんだけど。興福寺を出て北陸を廻った事があったんだよ。修行でさ。その時に北陸の人には世話になったんだ。随分と良くしてくれてねぇ」
覚明は空を仰ぎつつ、懐かしそうに語った。
続けて、
「実は井家範方どのにも逢った事が有るんだよ、俺は。
豪快な人だったなぁ・・・だから・・・絶対に各寺社には埋葬と慰霊、追悼をやり遂げさせたくてさ・・・」
「そうか・・・覚明も井家のおやっさんに逢った事が有ったのか・・・」
隆家も大空を見上げつつ応じた。
しばらく二人は無言でそのまま空を見ていた。馬に揺られながら。
と、
「必ずやり遂げさせよう」
覚明が呟いた。
「当然だ。俺の郎等二〇〇騎に、きっちり見届けさせる。任せろよ。心配すんな」
隆家がニヤリと笑みを浮かべながら告げた。
それにつられた様に覚明も笑顔に戻り、
「じゃあ少し急ごうか。俺らは各寺社を廻った後には、軍勢に戻らなきゃならないし」
言いつつ馬足を速めると、
「おゥ。この北陸から平氏方を叩き出す戦いが、まだ残ってるからな。その戦いの勝利の時に、俺が戦場に居なかったとしたら、井家のおやっさんにドヤされちまうからな!あの世から!」
隆家も馬を駆けさせながら豪快に言い放った。
「義仲様。偵察の郎等が戻って参りました」
今井兼平が、そう告げると、能登の小田中、親王の塚に陣を構えている義仲勢本陣の空気が、ぴしりと音がしそうな程引き締まる。
直後、偵察の郎等が本陣に駆け込んで来た。
「報告します!敵平氏方の軍勢は加賀国篠原に陣を布いている模様!
砥浪山方面の残兵と合流し、その数およそ三万騎!
平氏方は篠原を決戦の地と定め、我が軍を待ち受けているものと思われます!」