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飛騨山王宮(日枝神社)

手塚光盛の飛騨攻めの際、兵火で焼失した神社。1141(永治)元年、時の飛騨守時輔が、城をかまえていた石光山(高山市片野地内)に近江の日吉大神を勧請して、城の鎮護としたのがはじまりである。四代目景家の時、1181(養和元)年正月、源義仲の部将手塚光盛に攻められて、景家勢は敗亡、社殿も兵火にかかって消失したが、御霊体は災禍をまぬがれ、里人によって社殿が再興された。

岐阜県高山市城山156番地

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