源義賢

木曽義仲の父・源義賢は平家物語にはほとんど登場しませんが、当時の貴族の日記や、エピソード集などに登場し、どんな人だったのか想像することができます。

義仲が挙兵すると父のゆかりの人物が次々と挙兵し、様々な場所で供養されていて人望があったようです。現在も義賢の家臣たちによる流鏑馬祭が行われているほどです。


貴族の日記「藤原頼長・著 台記」

源氏は摂関藤原家と大変深い関りがありました。藤原頼長にとって義賢はお気に入りの武士で、肉体関係を結んでいたほどです。失業すると自らが持つ能登の荘園へ荘官として派遣しています。また、大蔵合戦で義賢がなくなった時も日記に記しています。


説話集「橘成季・著 古今著聞集」

古今著聞集は鎌倉時代中期に作られた説話(短いお話)集です。帯刀の長だった義賢は、殺人事件の犯人とされる人物をとらえるも、同情してしまい仕事を失ったことが書かれています。犯人は犯行を認めていないようです。

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1018126 

国立国会図書館デジタルコレクション「古今著問集」238コマ参照


〇義賢の伝承地

・藤原頼長の荘園「一青庄」


・館跡


・本拠地


・墓




・関係する寺院


・義賢の家臣の末裔

義賢の家臣は、義賢・義仲・義仲の子の三代と関りを持ち、供養の心を今でも忘れず、流鏑馬祭を行っている。




・祭