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義仲戦記23「返牒」

「郎等らを随えずに、わざわざ単騎でこの六波羅へお越しとは。
しかも何やらお急ぎとの事。一体どうしたというのか?重貞どの?」

平氏一門の総帥平宗盛[清盛の三男]が、居並ぶ平氏の公達らを代表して、美濃源氏佐渡衛門尉源重貞に問うた。

この重貞は源氏ではあったが、過去のなりゆきから源氏一族に憎まれて以後、平氏一門に仕えていたのであった。
この者が六月のある夜、都の六波羅、つまり平氏一門の本拠地であり中心地に単騎で駆け付けて来たのである。何やらただ事では無い重貞の様子に、総帥宗盛は平氏一門の主立った者達を招集し、事情を訊く事にしたのであった。


「はっ!急ぎ報告いたしたい事が有り参上いたしました!

今月の六月十一日、義仲の軍勢が進軍を開始!
越前国[福井県]より近江国[滋賀県]に入ったのを確認いたしました!」



重貞が一気に報告すると、この場に居る者達には、場の空気が凍り付き、実体を伴って一同の身体にのし掛かって来た様に感じた。

遂に来たるべきものが来てしまった、との思いが全員の心に重く沈んだ。
眼を閉じてこの重みに耐えていた平知盛[宗盛の弟で平氏の軍事総司令官。平氏一門のナンバーツー]は、一つ静かに息を吐きながら眼を開け、ふと兄の総帥宗盛に眼をやると、この兄と眼が合った。

宗盛も弟知盛を見ていたのだが、その眼付きは縋る者の眼であり、不安を押し隠す事に失敗している眼であった。
とてもあの清盛の跡を継いで平氏一門の総帥となった者のする眼付きでは無かったのであるが、実の弟である知盛には見慣れた、普段通りの兄宗盛の眼付きと態度であった。

知盛は思わず兄を元気付ける様に口許に笑みを浮かべると、軽く頷き、

「これからの事ですが。よろしいでしょうか。総帥」

宗盛に向かって声を掛け、発言の許可遠求めた。

「良い。新中納言[知盛]」

宗盛は、ほっとした様に応じ、許可した。


「言うまでも無い事だが、敵義仲勢が動き出したというのであれぼ、我らのやる事は一つ。平氏一門の総力を持ってこれを迎撃、撃滅する事のみ」

知盛は落ち着き払って、当然の事、と言う様に静かに断言した。

静寂がこの場を支配し、かえってこの静寂により耳が痛くなったかの様に一同が感じ始めた頃、知盛は続けて言った。

「これよりは、いつ出陣が命じられても良い様に、各々には準備を怠らずにいて貰いたい」

皆を見渡して言い終わると、一同は無言で首肯いている。


と、知盛の乳母子[乳兄弟。幼少年期を共に過ごし、それ以後も主従で付き従っている者。代表的なのが義仲と兼平。彼らも乳兄弟である]である伊賀平内左衛門家長がこちらを見詰め、視線で発言を求めている事に気付いた。知盛が促すと、

「もうすぐ私の兄、肥後守貞能が九州での叛乱を平定し都に戻って参る筈です。いずれ出陣するにせよ、この軍勢と合流してから出陣した方が宜しいのでは?」

家長が言うと、この場に一条の光が差し込んだ様に皆には感じられた。
それもその筈、ここのところ地方での叛乱鎮圧に失敗し連敗続きの平氏にあって、久々に勝利を引っ提げて都に凱旋して来る貞能の軍勢を心強く思ったとしても無理は無かった。
知盛は気を利かせて場の雰囲気を軽く、明るくしてくれた自分の乳兄弟に対し、感謝の笑顔で応じると共に、

「勿論、そうするつもりだ。
貞能には申し訳ないが、戻って早々、彼にも出陣して貰う事になる」
言い添えた。

と、
「比叡山に書状を出し、延暦寺と共に義仲勢に対抗する、というのはどうだろうか・・・」
総帥宗盛が考え考え言った。
知盛は大きく首肯くと、

「それは良い考えです。総帥。琵琶湖の西岸に位置する比叡山に念を押し、これまでの様に我らの味方に付けておくだけで、義仲勢との戦いの場は琵琶湖東岸の何処かに限定されるでしょう。
となれば、徒らにこちらが軍勢を分ける必要は無くなり、纏まった兵力で敵を迎え撃つ事が可能となります」

宗盛の考えの利点を述べた知盛は続けて、

「そして、引き続き重貞どのには義仲勢の動向を注視していて貰いたい。何か新しい動きが確認された時には、直ちに伝令を六波羅に差し向けてくれれば、こちらも直ぐに対応する。頼むぞ、重貞どの」

重貞に義仲勢の監視を命じた。

「はっ!」

重貞が応じると、宗盛は満足そうに肯き、明るい表情になると、


「良し。では早速、書状を書く事にしよう。皆も集まっている事であるし丁度良い。この書状に皆の名を列記し、連署として延暦寺に届ければ、今まで通り比叡山は我ら平氏に協力してくれる事であろう」

総帥宗盛は言い、書状をしたためる用意を郎等に命じた。




この夜、佐渡衛門尉源重貞が六波羅にもたらした情報は間違いでは無かったが、著しく不正確ではあった。
それは、彼が報せた『義仲の軍勢』というのは、白井法橋幸明を護衛し比叡山に向かっていた四天王楯親忠率いる三〇〇〇騎の部隊なのであった。

そう。
つまり、義仲は全軍を動かした訳では無く、義仲勢本隊五万騎は未だ本陣を構えている越前国府の大塩八幡宮を動いてはいなかったのである。

しかし、重貞が都にもたらした『義仲軍、動く』の報は、速くも次の日には都の人々の口の端にのぼり、これ以後、様々な流言蜚語や根拠の薄い、または根拠の無い噂が京の都中に乱れ飛ぶ事になり、その都度、朝廷の公卿や貴族らは一喜一憂しなければならない事になったのであった。




「義仲様!比叡山より返牒が届きました!」


四天王筆頭樋口兼光が、そう報告すると本陣にいた者達の歓びは更に昂まった。
既に楯親忠からの伝令により、合図の遠火が二つ灯り比叡山延暦寺が味方に加わった事は報されていたのであったが、ここに公式に文書が届けられた以上、比叡山の協力は動かし難い確実なものとなったのであった。

「兼光。武将達に招集をかけてくれ。皆が集まり次第、比叡山からの返牒を発表し、その後に軍議を開く」

義仲が命じると、兼光は肯き、大塩八幡宮周辺にそれぞれ陣を構えている義仲麾下の武将らの所に郎等を走らせた。



「・・・
そこで冥界に於いては十二神将が薬師如来の使者として貴方達勇士に加わり、現世に於いては我ら三千の衆徒が平氏討伐の貴軍を援助いたしましょう。これが衆徒の決議です。寿永二年七月二日。大衆等。
以上です」

覚明が返牒を詠み終わると、義仲勢本陣である大塩八幡宮の拝殿に参集した麾下の武将らの表情が引き締まる。

勿論、これは悦ぶべき事であったが、全てはこれから、なのである。
彼らは歓喜も昂揚も感じてはいたが、いつまでも浮かれている場合では無い事を、彼ら程の武将であれば、自ずと解っていたのであった。

覚明が一礼すると、義仲は目礼で応じ、

「比叡山からの返牒。この義仲、確かに承った」

一同に宣言するかの様に、義仲が厳かに言う。
と、義仲は眼元をほんの僅かに緩めると、

「富樫入道仏誓。比叡山よりの返牒を届けてくれて御苦労だった。
礼を言う」

富樫仏誓に向かって頭を下げた。

「ははっ!」
富樫仏誓も頭を下げ、応じた。


仏誓は楯・林と共に白井幸明の護衛部隊として先発していたのだが、第一報の伝令の後に、比叡山からの返牒を義仲に届ける為、僅かな手勢を率い大塩八幡宮本陣に戻って来ていたのである。


「さて、ここ越前に留まってからひと月が経った訳だが、その甲斐あって延暦寺の事は今、聴いての通りに我らの味方となった。取り敢えず問題の一つは解決した訳だが」

義仲は静かであるが、広い拝殿に良く通る声で軍議を始めた。

「結局、朝廷や平氏からは、我らに対し何の連絡もしては来なかった。
という事は、朝廷はどうあれ平氏は我らと話し合うつもりは無く、我らに対し決戦を挑んで来る、という事になりそうだ」

穏やかに淡々と現状を述べる義仲の斜め後ろで、無言で大きく首肯く覚明。
覚明の本心としては、都の手前、近江の何処かで平氏方の主力軍と雌雄を決し、これを撃滅、この後、我ら義仲勢が勝利と共に都に入る、という流れが理想的である様に思われていたのであった。

だが、この考えは何も覚明一人が思っていた訳では無く、義仲麾下の武将達の殆どがこの様に思っていたので、覚明と同じく無言で力強く首肯いている者は多くいた。

次の戦いは平氏に対する最終戦争になる、と思い定めているのであろう。
彼らは知らず知らずのうちに闘志が体内より湧いて来るのを感じていた。

だが、その時、

「しかし、我らはこれを受けて立つつもりは無い」

義仲は言った。
普段通り穏やかに、そして優しげに。

昂揚している彼らに、義仲が放った一言は彼らを混乱させるに充分であった。

はあ?

とは言わないが、この表情になり耳を疑う者が多い中、表情を変えなかったのは、普段から無表情で仏頂面をしている事が多い四天王今井兼平と、常に明るく笑顔を絶やさない戦う美少女、巴御前の二人くらいであり、普段冷静な四天王筆頭樋口兼光や、若さに似合わず落ち着いている落合兼行すら、この時、んん?と眼を細め眉を寄せたのである。

ましてや四天王根井小弥太に至っては盛大に、

あぁ?いきなりナニを言い始めたんだァ?ウチの殿は?

と言っている様な顔になっていたのであった。
その小弥太が混乱しながら、

「あ・・・あの・・・義仲さま?・・・一体それは、どう言う・・・?」

訊き返すと、義仲は余程一同の表情が可笑しかったのか、無邪気な笑顔になると言った。

「私は以前から、いや常に言っている筈だ。
避けられるのであれば戦さを避ける事に最善を尽くす、と」

「そりゃ言ってますよ・・・確かに・・・そりゃそうですが・・・」

覚明も珍しく、言葉を繋げる事が出来ずにいる。

と、
「都を戦火に晒したく無い、という御心は判りますが・・・」

樋口兼光が遠慮がちに言うのを、続けて手塚光盛が引き取り、

「相手は南都[奈良]すら焼き払った平氏ですよ?こちらがいくらそのつもりでも、相手がいる事ですから・・・」

難しい顔で言いつつ周りを見ると、巴が相変わらずにこにこと笑顔で遣り取りを聞いている。

巴は光盛の視線に気付くと、

「大丈夫よ、光盛。だって義仲様だって笑っているじゃない」

輝く笑顔で、そう請け負う。

と、
「義仲様には、お考えが有る、という事だ。
それを聴かせて頂けますか。義仲様」

今井兼平が話を元に戻し、義仲にフる。


「大した事じゃ無い。我が軍はただ進軍して行くだけ、なのだから」

義仲は麾下の武将達全員に言う。

「その前に覚明。お前に命じる事がある」

「何なりと」
覚明がニヤリと応じる。

「お前は富樫仏誓どのと共に、先発した楯・林隊に合流。この部隊三〇〇〇騎を引き連れ、我が軍の先頭として比叡山延暦寺に入ってくれ」

「了解しました」

覚明が答えると、義仲は肯き、一同に向き直り、

「我が軍は数日のうちに出陣し、進軍を開始する。
軍の編成は前回の篠原の時と同じだが、第一軍から第七軍までそれぞれ七〇〇〇騎を各隊が率いる。
それと道々、我が軍に加わって来る者達がいる事と思うが、その者達は本隊である第七軍に編入し、共に進軍して行く事とする。
そしてこの五万騎全軍を以って近江国琵琶湖の東岸を南下する」

命じると、


「はっ!!!」


麾下の武将達が応じる。

すると、ふと義仲が親しい者達だけに魅せる、親しみを込めた表情になり、まるで悪戯を思い付いた子供がその可愛らしい企みを共犯者に打ち明ける為に内緒話を耳打ちする様に、顔を武将達の方に近付けると、

「ただし、少し遠回りする事になる」
囁く様に言った。


☆ ☆




「はあぁぁぁ〜〜〜」
何度目の溜め息だろうか。

とてもこの様な姿は他の者には見せられない、と思いつつも気が付くと眼は手にした書状の文面を捉え、またしても溜め息を吐く、という事を繰り返していたのであった。

この書状が届いた時には既に結論は出ていたのであるが、いずれ時が経てば状勢も少しは変化するかも、と思い、彼は個人的に書状を社殿に納め、三日間、加持祈祷をしたのである。

この寺院で、彼の祈祷以外、誰の祈祷が神仏に届く事であろう。

彼の名は明雲大僧正。
彼の役職は天台座主。

つまりはこの比叡山延暦寺のトップであるのだ。
明雲大僧正が天台座主の任に就いたのが四年前[一一七九年]。つまり以仁王の乱[一一八〇年]の起こる前から天台座主の任に就いていたので、彼の本心としては平氏方に多大の同情を感じていた訳である。

そして三日間の祈祷の後に、書状を衆徒らに披露した。

この書状は、平氏一門の公達らの連名によって比叡山に対し協力を呼び掛ける内容であり、要は今まで通り延暦寺は平氏の味方に付いて下さい、というお願いの手紙なのであった。

だが、天台座主の御威光と、三日間に及ぶ御祈祷も虚しく、延暦寺の衆徒らは、既に源氏に、つまり義仲に味方する事を誓います、と返牒を送っている以上、その議決を覆す訳にはいかない!と、今更平氏の要請を受け入れたりする衆徒は居なかった。


いくら寺院トップの天台座主とは言え、三〇〇〇人の衆徒らの決定を覆す事は出来ないのである。


明雲大僧正は、またも溜め息を吐くと、肩を落とし俯きながら、手にしていた書状を折り畳み始めた。その書状の末尾を見るとも無く見詰めながら、大僧正はもう一度、溜め息を吐いた。
末尾には綺羅星の如き、今をときめいていた平氏一門の公達らの名が、その高い官位と役職と共に連記されている。

従三位行前越前守 
平 朝臣 通盛[清盛の弟教盛の長男]

従三位行兼右近衛中将 
平 朝臣 資盛[清盛の嫡男重盛の次男]

正三位行右近衛権中将兼伊予守 
平 朝臣 維盛[清盛の嫡男重盛の長男。資盛の兄]

正三位行左近衛中将兼但馬権守 
平 朝臣 重衡[清盛の五男。宗盛・知盛の弟]

正三位行右衛門督兼侍従 
平 朝臣 清宗[清盛の三男宗盛の長男]

参議正三位行皇太后宮権大夫兼修理大夫備中権守 
平 朝臣 経盛[清盛の弟]

従二位権中納言兼左兵衛督征夷大将軍 
平 朝臣 知盛[清盛の四男。宗盛の弟]

従二位行中納言 
平 朝臣 教盛[清盛・経盛の弟]

正弐位行権大納言兼出羽陸奥按察使 
平 朝臣 頼盛[清盛・経盛・教盛の弟]

前内大臣従一位 
平 朝臣 宗盛[清盛の三男。知盛・重衡の兄]


と。そして最後の一行には、

謹上 座主僧正御房


と書かれているのを見た彼は、辛いものでも見る様な眼になり、溜め息と共に書状を畳み終えると、文箱の中に入れ、そっと文箱の紐を結んだ。


こうした場合には当然の事であるが、比叡山延暦寺は平氏方に対し、お断りの手紙、など返す筈もなかった。
こうして平氏一門が連署した協力要請は事実上、黙殺されたのである。


☆ ☆ ☆



一方、義仲の命を受けた祐筆大夫坊覚明は、富樫仏誓と共に先発した楯・林の率いる三〇〇〇騎の部隊に合流すると、時を置かずにこの部隊の先達として引き連れ、比叡山延暦寺の総持院に入城した。

総持院の前に広がる庭で、これを出迎えたのは白井法橋幸明、慈雲坊法橋寛覚、恵光房阿闍梨珍慶ら大衆会議で活躍[?]し比叡山延暦寺を源氏の味方に引き入れる事に多大な貢献をした者達であった。


「おお!待っていたぞ!覚明!」


白井幸明が嬉しげに手を挙げて迎えた。

「幸明!良くやってくれたな!さすが比叡山一の悪僧だけの事はある!」

覚明も笑顔で応じる。続けて、

「にしても気が早いな。幸明御坊?寛覚御坊?」

ひやかす様に覚明が言う。
見ると、幸明ら出迎えた僧達は皆、法着の上に甲冑を着ていたのであった。

「祐筆覚明ドノ?お前も人の事が言えるか?」

慈雲坊寛覚が、ニヤリと言い返した。
覚明もこの時、甲冑を着ていたからである。

と、
「義仲どのはいつこの比叡山に入城なさるのです?」
阿闍梨珍慶が尋ねる。
と、何かを思い出した様に、
「失礼しました。拙僧は恵光房阿闍梨珍慶と申します」
一礼しつつ自己紹介した。

「私は義仲様麾下の武将で信濃の楯親忠。
こちらは同じく加賀の武将、林光明どの。富樫入道仏誓どの。
これより比叡山には世話になります。よろしく頼みます」

楯が応じ、僚友を紹介した。

続けて、
「阿闍梨どの。義仲様率いる五万騎の本隊主力は、おそらく今月中[七月]には比叡山に入られるものと思われます」
答える。

「解りました。いつでも義仲どのが入城出来る様に準備しておきます。お任せ下さい」
阿闍梨が応じる。

と、楯が何かしきりに周りを気にして、見回している事に気付いた阿闍梨が訊く。

「いかがしたのです?楯どの」

「いや。この庭はもしかしたら、山上の合図の遠火を灯した場所なのではないですか?」

楯が答えると、阿闍梨、幸明、寛覚らは顔を見合わせ、驚いた様に、

「その通りです。確かに合図である山上の遠火はここ総持院の庭で灯しました。何故、お解りに?」

幸明が応じ、不思議そうに問い返す。
勿論この時には遠火を燃やした跡などは、きれいに片付けられており、その痕跡を遺す様なものは何一つ無かったのである。

「その遠火を最初に気付いたのが私だったんですよ。で、山の形からするとおそらくこの辺りなのかな、と」

楯が答えると三人は眼を見開き、

「武将というのは、その様な事にまで気を配り、しかも地勢まで判ってしまうものなのか・・・」

異口同音に、半ば呆れつつも感嘆の思いを呟いていた。

と、
「いやいや。楯は特別。だから俺は前から侍やめて拝み屋になれ、って言ってるんだけどさ」

覚明が軽口を叩くと、楯は苦笑しながら、

「だからぁ、俺も前に言ったでしよ。
坊主がそれを言っちゃ駄目だ、って。覚明」

ツッ込むと、延暦寺の悪僧らも笑顔になり、笑いに包まれた。




そして七月八日。

義仲勢の動向を注視していた佐渡衛門尉源重貞は、前回の報告から約一ヶ月後、再び単騎で都の六波羅に駆け付けると、蒼白な顔で急ぎ報告した。



「義仲軍は全軍約五万騎を以て、既に越前国府を出陣した模様!
近江国柳ヶ瀬、高月河原を過ぎたところで義仲軍を発見!
現在、大橋村、八幡の里[近江八幡]に向け、全軍で侵攻中です!」

六波羅の平氏一門にとって、真の凶報が齎されたのであった。