義仲ものがたり #10
~信濃源氏・長瀬義員が見た義仲~
信濃源氏・長瀬義員は木曽義仲の幼なじみであり、少々頼りない所もあるが信頼される家臣の一人である。
義仲は長野市で初戦・市原の合戦に勝ち、次の戦の相手は越後国の城氏ではないかと見当をつけている。そのため兵力拡大を目指し亡き父の家臣がいた上野国への進出を検討していたところ、信濃国へ義仲への伝令がひとつもないまま甲斐国から武田・一条の軍勢が侵入した。その上義仲と均衡を保っていた伊那谷の平氏方武士・菅冠者を襲い、また甲斐に戻っていった。
義仲はこれまで信濃国の平穏を目指し国内の武士たちと結び行動してきたため、甲斐源氏の侵入に嫌悪感を覚える。それと同時に自分が上野国へ進出することは甲斐源氏の侵入行為と同じではないかと自問する。
とっぷりと日は暮れた。
依田城のふもとにある義仲様の館に集まっていた者たちはそれぞれ家路についた。俺、長瀬義員は皆を見送って最後に館を後にした。
すっかり星が出ている時間になってしまった
結局あれ以上の話にならなかった
義仲様はどうするんだろう…
夜空の星よ!俺らを導いてくれ
「うわあぁっ!」
何かにぶつかった!
生暖かい…獣か!?
闇にまみれる黒衣、その向こうから朝日が昇るかのように、月の光を受けた坊主頭がぬっとあらわれた…
「義仲様に名前をもらった…えーっと」
「拙僧は大夫坊覚明!」
「そうそう!」
よりによってあの、怪しげなる坊主…
「こんなところで何をやってるんです。あやしい!」
「そなたと同じよ」
「は?」
「星を見ていた」
坊主はじっと俺の顔を見てから、また空を仰いだ。
「ただそなたと違うのは、私は星が読めるということだ。」
「…星を読む??? 天に文字などないぞ?」
変なことを言う、やっぱり怪しい奴だ。坊主は腕を掲げ、星をなぞるように動かした。
「星には意味がある。月にも意味がある。天の定めで我らは動いている。」
「…じゃあ義仲様がこれからどうするべきかも天を見ればわかるのか?」
「わかる」
「まじで!? じゃあさっき言えばよかったのに!」
「聞かれねば答えぬ。」
「ふーん。」
俺はジト目で坊主を見た。ほんとにわかるのだろうか。
「そなたの定めはわかるぞ。そなたはこれから上州へ行く。」
「は!?」
「そなたをいざなう女の姿が見える…」
「は!?!?」
俺に正面から向き合い、瞼を閉じて、坊主は大業に腕を回し胸の前で手を合わせた。
まじか…何か見えるのか…!?!?
「あーっよかったまだ帰ってなかった! 長瀬ぇ!」
背後から巴殿の声がした。
「考えたんだけど、根井と上州に偵察に行ってこようかと思って!根井は佐久だから上州と接してて、知ってる人もいて顔がきくし、義仲様がこの先の動きを考える種を持ち帰られると思うの!長瀬もいこ!」
坊主は片目を開けて俺を見た。
俺はジト目で見つめ返した。
「…上州へ。ふ~ん…」
「いざゆかん上州へ!!!」
巴殿と坊主が腕を振り上げて盛り上がっている。
「うわ~見て見て!すっごい変な形の山ぁ!」
翌日、空は快晴。俺は巴殿、根井殿、坊主、そして手塚殿と共に東山道を東に進み、碓氷峠に差し掛かっていた。次々に岩がむき出しになった不思議な山が見える。巴殿が言う通り、木曽谷や筑摩、小県でも見たことがない形だ。
「そんなにめずらしいかぁ?上州との境にはよくあるぞ」
「へぇー!知らなかった。こんな景色があるのね。」
巴殿は楽しそうにきょろきょろしている。ぶっちゃけ俺も不思議な山が気になっている。浄土にある山とはこんな感じなのだろうか。
そして、国境の峠はさすがにキツイ。信濃国内も山は多いが、高低差はこれほどまでではない気がする。俺たちは時折馬から下りて、轡を引きながら進んだ。
日が暮れるころ、上野国の横川についた。
「今宵はこちらで休みましょう。」
手塚殿がくたくたになった俺たちを連れて行ったのは、諏訪大明神を奉る神社だった。なるほど、巴殿が手塚殿を一緒に連れてきたのはこういうわけか…と妙に納得した。諏訪社は信仰が厚く、各地に末社があるのだ。
神主は手塚殿にうやうやしくあいさつしている。その後ろに俺たちは控え、諏訪社大祝の弟君の家来という設定を演じる。俺たちは白装束を着ているから、それっぽく見えるはずだ。
「だれかきたよ!」「こわい!」「大丈夫、お坊さんたちだ」
こどもの声がする。柱の向こうから覗いている。ふとめをやると、あまりに細く、黒くすすけた衣をまとっている。
「…あの子たちは?」
手塚が神主に問うと
「それが最近、村を荒らしている者どもがおりまして…あの子たちは他の寺で焼け出されてこの社に最近来たのです」
「それは、何つー輩のしわざかわかるか?」
根井が耐え切れずに発した。子供たちの姿に怒りを感じたのだろうか。
「…足利と名乗っていたと」
「足利…?下野で聞く名だが…こんなところまで?」
「すみません詳しくは…」
神主も困っているようだ。偵察に来て正解だったと俺は思った。根井殿や巴殿を見回すと同じように目を合わせてうなづいた。
人々が寝静まったころ、俺たちは縁側に集まった。
「大夫坊殿は坂東の様子を見てきたと義仲様の前でおっしゃっていたな」
「しっかり復習してもらおうか」
坊主は縁側を降り、月の明かりを頼りに足元の砂に図を引いた。
「左はしに信濃(長野県)と書こう。すると山…を挟んで上野(群馬県)、さらに右に進むと川…を挟み下野(栃木県)。坂東(関東地方)は海へ向けて大きな平野になっているが、北は山に囲まれている。」
「今俺たちがいるのは」
「このあたりだ」
坊主が丸を付ける。
「足利は、ここに本拠地がある。」
「ずいぶん遠いね。ほんとにこのあたりまで来ているのかしら?」
「足利をかたっているのかもな。周りに恨まれていて、あいつがやったぞ!…と擦り付けているような。」
巴殿と根井殿が続けて言った。
「私の知る限り足利と名乗るものは二家あるはずです。古くから住まれていた土豪の家と、源氏ゆかりの家」
「おおっと!事件の匂いがするぜ~」
手塚殿のことばに根井殿が身を乗り出した。この人戦が好きだよな…。
全員を制するように坊主が話し始めた。
「拙僧の聞き及んだ範囲だが、まず、このあたりは平氏に与する者が多い。
まず新田殿。長瀬殿はご存じか?源氏の流れ。しかし、清盛の覚えめでたく平家に仕えている。」
「「「源氏なのに清盛に」」」
思わず巴殿・根井殿と声がそろってしまった。
「そして足利氏、土豪のほうな。以仁王の挙兵で平家のもとで大活躍。清盛から新田荘をなぜか褒美にもらった」
「「「はっ!?」」」
思わず巴殿・根井殿と声がそろってしまった。
「…それは新田殿の領地を横取りというか??戦の匂いがするぜ!」
「しかも足利氏だけでなくこの周辺の武士たちも同じように以仁王の挙兵で頑張ったのさ。なのに、足利氏だけが褒美をもらった。そして上野国府をおさえている」
「そりゃー悪事を働いて足利氏のせいにしたいよなあ」
「えーちょっとまって?混乱する…源氏と平氏と足利??褒美をもらったのはどっちの足利??」
「巴殿、落ち着いて。」
「まあ一言で言って、坂東の北の方は入り組んでる!拙僧が知っている情報ももはや古く、形勢は変わっているかもしれん。」
坊主はそういいながら砂に書いた図を消していく。
「この目で見れば、あたしでもわかるね。きっと」
巴殿がにっこり笑って全員を見まわした。とにかく思った以上に上州は面倒くさいことになっていそうだ。
俺たちは翌朝早く出発することに決めた。その様子を影で伺っているものがいるとも知らずに。
「あっづい…」
巴殿が馬の上で頭にかぶっていた傘を脱ぎパタパタと仰いでいる。
無理もない。俺たちは暑ければ脱げばいいが、巴殿は脱ぐと女だとばれてしまう。そう。俺たちは末社を視察におとづれた諏訪社御一行という設定なのだ。
「長月だというのにこの暑さは何だ…」
「上州は信州より暑い。なぜかそういうもんだ」
根井殿の声をうだる頭で聞きながら馬を歩ませていると、前方から村人たちが次々と走ってきて俺たちの横を過ぎていく。
こどもの手を引いた母親、若い女性、農具を抱えた男性…
「な…なんだ?」
「戦の匂いがするぜ!」
ゆるい坂道を馬で駆けのぼり、前方に目を凝らすと、そこには20騎ほどの武者が従者と共にもみ合っているのが見えた。中には戦に集中せず、村人に刃を向けているものもいる。
身なりの良い女性が逃げ惑っている。それを後ろから追いかける騎馬武者もいる。まるで面白がっているかのようだ。
加勢するべきだろうか?しかし、どんな軍勢かもわからない。うかつに加わって義仲様に迷惑が掛かったら…と俺が迷っていると、逃げ惑っていた女性が石に躓いて転んだのが見えた。
「あっ!」
騎馬武者が倒れこんだ女性に近づいた瞬間、風をまとうかのように軽やかに俺たちの背後から一頭の馬が走り出た。女性は馬上の男にひきあげられ、難を逃れた。
「ちょっ…あたしが助けようと思ったのに!」
巴殿はその馬より一足遅く、女性のもとに駆け付けた。そして、騎馬武者に近づくと、あっけに取られている武者の胴にとりつき、馬からもぎ取って草むらに投げ捨てた。
「おぬしら一体何者じゃーーーー!!!」
騎馬武者の仲間らしきものたちが向かってきた。
「戦の匂いがキテるぜ!」
根井殿が馬を走らせ、向かってきた武者を一人は右わきに、一人は左わきにとらえると、馬ごと持ち上げ、草むらに投げ捨てた。
「巴殿お!俺は二騎だぜ!!!」
根井殿は巴殿と何を貼り合っているんだか…
しかし、怪力二人に投げ飛ばされて、騎馬武者たちはおそれを成したのか引き上げていった。
身なりの良い女性は馬からそっと降ろされ、馬上の人物に感謝を述べているようだ。いつからつけていたのだろう。俺たちの後を。
「義仲様、どうしてここに!」
手塚殿が問い詰めるように言った。
「…いやー俺も上州の様子が複雑そうだから自分の目で見ないとわっかんないなーって思って!」
「昨晩はどこにいらっしゃったんです」
「…え?野宿」
「御大将に野宿など…あああ。
言って下されば、社に寝所を用意させたものを…!」
手塚殿…気にするのそこなの…?と俺は思った。
義仲様はというと野宿の証なのか葉っぱがのってる頭を傾けてテヘッと笑った。
義仲様の近くに巴殿も根井殿もやってきた。
その時、身なりの良い女性が言った。
「ヨシナカ様?もしや信濃から?
帯刀先生義賢様の…お子?」
「…あ…ええ。いかにも、こちらは帯刀先生義賢様のお子・木曽義仲様です」
俺が答えると、女性はしみじみと馬上の義仲様を眺めて、いきなり泣き崩れた。
「義賢様のお子…お子…ああぁ」
女性は、俺たちの母上ぐらいのようだった。
義仲様は包み込むような視線で女性を見ていた。