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源氏編3 志田義広①

「兄上、あれが浅間山でしょうか」
「なんと雄大な」

今の暦で言うと1150年の秋のころ。
立派な馬にまたがった見目麗しい武者が従者を引き連れ、東山道を下っていた。
都からの長い旅路。
信濃国浦野駅を抜け、砂原峠を通り依田の庄に差し掛かったところだ。

そこで眼前に大きな山の裾野が遠く青く広がった。


青い空にわずかに噴煙がたなびく。
大きな山の手前には山々が重なり合っている。
澄んだ空気を反射して、緑や赤に色とりどりにまぶしいほどに。


歩みを進め峠を抜けると、周囲は突然広く開け、開墾された田が黄金に輝き、たっぷりとした稲穂が揺れていた。

二人の武者は馬の足を止め、感慨深げにその光景を眺めた。

作業をしていた村人たちは武者に気づき一瞬身構えたが、これまで見たことがない、白く輝く美しいかんばせ、すらりと伸びた長身にうっとりと見惚れてしまった。

「いかにも都から来た方たちと見える…」
「武装もきらびやかだが、それ以上に、あのおかおだち」
「誰だかはわからんが、尊いお方たちでまちがいなかろう」
「冥途のみあげじゃ…」

村人たちの視線に気づき、武者たちが顔を向け、ニコリとほほ笑むと

「ひゃあー!」と老若男女関係なく、嬌声があがった。

「こら。お前たち。」
二人の武者が率いていた中に、村人たちがよくよく見知った顔があった。

「あわ!御屋形様!依田の御屋形様!」
村人たちは姿勢を正して応じた。

「そなたの、荘園の民か?」
一人の武者が聞いた。

「はい、わが、依田の庄で稲を養っている者たちです」
依田の御屋形様と呼ばれた男が胸を張って答えた。

もう一人の武者はひらりと馬から飛び降り、稲穂を手に取って言葉をかけた。

「みな、良い体つきをしているな。それでこのようなたっぷりとした美しい稲が育つのだな」

微笑みながら。

それはさながら、仏のような和やかさで、背後からそそぐ西日がまるで後光のように村人たちには見えた。

「素晴らしい庄だ…私たちもこのような美しい庄を持ちたいものだ」

武者は目を細めて、辺り一面に広がる黄金の稲穂をうっとりと眺めながら言った。

依田も、村人たちも、誇らしく、嬉しいきもちがこみあげてきた。

「あっありがとうございます!」
依田がほおを紅潮させて応えると、村人たちも次々と頭を下げて喜びをあらわにした。

武者は微笑みで応じ、再び馬にまたがると、依田に問うた。

「海野の館はまだ先か?」

「夕暮れ前に到着いたします!」

「うむ。行こうか。」

二人の美しい武者とその一行は依田と共に村人たちの前を横切っていく。
白く大きな旗をたなびかせながら。

うっとりと見送る村人たちはそれが「源氏の旗」だということを、まだ知らない。

『兄上は…ひとたらしというかなんというか…』
「ん?何だ?」
「いーえ!なんにも!」

「美しいものを美しいと言って何が悪い?
 ほめられたら、うれしいものだろう?」

兄上と呼ばれた武者はにっこりとほほ笑みながら言う。
そこには、邪さや計算は何一つないのを弟は知っている。

『だけど…だからこそ、あやういのでは』
ふと浮かんだ思いを打ち消しながら。

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