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義仲戦記14「倶利伽羅合戦②」1183年6月

「敵義仲勢の先頭部隊を発見しました!
この先の羽丹生に白い旗が!
おそらく陣を構えているものと思われます!」

郎等の報告を受けた平氏方追討軍大手の総大将平維盛が、馬上から進行方向に目をやると、確かにこれから向かいつつある方向に源氏を示す白い旗が三十本程立っていて、風に翻っているのが見えた。

「義仲勢も砥波山系に入って来たいたのか」

呟く様に総大将維盛が言うと、

「敵義仲勢の先頭部隊の後方や周辺にも、白い旗が立っております!」

郎等が報告した。

と、
「ふむ。羽丹生だけで無く、北黒坂、松長の柳原、日宮林の辺りにも白い旗が立っておりますな」

総大将維盛の横に付き従っていた平泉寺長吏斉明が周囲をぐるりと見渡しつつ言う。平氏方追討軍大手の軍勢七万騎の行く手を阻む様に、砥波山系にはそこここに義仲勢の白い旗が点在し翻っていた。

「このまま進軍するとしたら、敵義仲勢の待ち受ける所を通らなければならん・・・」

総大将維盛が考えていると、

「維盛どの。敵義仲勢を一望に見渡せる場所に移動した方が良いのでは・・・」

大将軍の平通盛が話し掛けて来た。

「確かに・・・敵が見えずにこちらが包囲される様な事は避けなければ」

維盛が応じつつ、斉明に訊いた。

「斉明。その様な場所は有るか?」

「はっ。この少し先に猿ヶ馬場という場所が有ります。その名の通り、馬に草を与える事が出来ますし、水の便も良く、七万騎の我が軍勢を休ませる事が出来るだけの広さも充分有ります」

斉明が意気揚々と、まるで自分の手柄を自慢する様に胸を張って答えた。引き続き、

「何よりこの猿ヶ馬場は見晴らしも良く、広場の片側は崖になっており、この方向から敵に攻め込まれる事は有りません。敵のいる前方の越中方面だけに気を付けていれば良いのです」

得意げに言った。

「解った。その猿ヶ馬場に移動する事にしよう。そこに本陣を構え、我が大手の軍勢を集結させる」

総大将維盛が決定すると、大将軍の通盛、同じく経正、清房[清盛の末子]が肯いた。

「では斉明。お前は先頭に立ち猿ヶ馬場への案内を頼む」
維盛が命じると、

「はっ!お任せ下さい!」

斉明は張り切って応え、道案内をする為に、馬を駆けさせた。


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「夜明けの将軍」


「敵平氏方が、こちらに進軍して来ます!敵は後ろに連なっており、最後尾は確認出来ません!」

義仲勢大手第七軍本隊の本陣に、郎等が報告しながら駆け込んで来た。

と、
「いよいよ来やがったな・・・」
呟きながら石黒光弘が立ち上がり、

「義仲様。先陣は是非我ら石黒衆に命じて下さい!」
言いつつ義仲に頭を下げた。

「この第七軍の指揮は大将の巴に任せてある。巴、どうだ?」

義仲は穏やかに応じて、巴御前こと戦う美少女巴にフると、

「駄目。まだこちらから仕掛けるときじゃないわ」

微笑みを浮かべ巴は答えた。
その言葉の内容とは掛け離れた優しい表情で。
微笑みかけられた石黒は一瞬、ここが何処で、どういう状況であるかという認識がトんで、惚けた様に美少女を見ていた。

と、
「敵平氏方の先頭は猿ヶ馬場付近で停止!おそらく猿ヶ馬場に本陣を構えるものと思われます!」

更に別の郎等が報告して来たところで、石黒はハッと我に帰った。

「巴どの・・その・・申し訳無かった。貴女を無視した訳では・・・」

頭をかきながら、しどろもどろに石黒が詫びた。

「ううん。いいんですよ。そんなの」

巴は今度は明るく弾ける様な笑顔で応えた。

「でも、もう少し待ってくれる?その時が来たら石黒どのの望みは義仲様が叶えてくれるわ。ですよね?義仲様」

巴が石黒に答え、義仲にフると、

「そうだな。もう少し我慢してくれ、石黒」

義仲も笑みを浮かべつつ石黒に言った。

「はっ」

石黒は応え、またその場に腰を下ろす。
と、その時、義仲が郎等らに、

「この陣の先頭に立ててある旗を前進させろ。
一町[約一〇九メートル]程で良い。
そこに旗を立てたら、部隊はまた戻って来るんだ。良いな」

不思議な事を指示した。

「はっ!」

郎等らが駆け去って行くのを見ながら、

「義仲様。旗だけ前進させるのですか?・・・何か意味が?・・・」

包帯だらけで左腕を吊っている宮崎長康が怪訝そうに訊いた。

「深い意味は無いんだ。単なる時間稼ぎだよ」

義仲が答える。

「はぁ・・・時間稼ぎ?・・・ですか?・・」

宮崎と石黒は顔を見合わせ、意味が分からないと、首を捻っているのを、可笑しそうに巴は見守っている。



「急げ!味方の集結を早めろ!敵義仲勢が前進して来たぞ!」

猿ヶ馬場に到着していた平氏方大手の総大将維盛は、後続部隊の行軍を速める為に命令した。敵義仲勢の白い旗がこちらに向かって進んで来た以上、戦端が開かれるのも時間の問題である。猿ヶ馬場には既に五万騎程の軍勢が到着していたのだが、まだ二万騎程はここに向かっている最中なのである。
とは言え、そんなに焦る状況では無いのは維盛にも判ってはいた。念の為に軍勢の集結を優先させただけなのである。

「どうする?維盛どの」

大将軍の通盛が訊いて来た。
続けて、
「こちらも前進して義仲勢に対応するか・・それとも全軍が集結した後にするか・・・」
呟く様に言った。

「ここは全軍が集結するのが先です。
ただし前面の敵に対しては防備を固めておきます。ここで先頭部隊に戦闘を命じておいて、一方で後続部隊にも進軍を急がせてしまえば、我が軍は無用に混乱してしまう。
ここで無理をする必要は全く無いので、先ずは全軍の集結を優先させましょう。」

総大将維盛は落ち着いて言った。

「そうですね。判りました。では」

と通盛は応じ、郎等に命じて、この指示を後続部隊に伝えさせた。

と、
「敵義仲勢の前進が止まりました!」
郎等が報告して来た。

それを聞いた斉明は、

「どうやら義仲勢は、我が軍の接近を知って本陣を少し前進させただけのようです」

したり顔で言った。
それに頷き返した総大将維盛は、

「こちらから仕掛けなければ良いだけだ。とにかく前面の防備はしっかりとな」

自分に言い聞かせる様に命令した。

程無く、平氏方追討軍大手の軍勢七万騎は猿ヶ馬場に全軍が集結し終えた。
義仲勢第七軍と平氏方追討軍大手の両軍勢は、約四町[一町一〇九メートルとして約四四〇メートル]程隔てただけの近距離で対峙している。


「越中前司盛俊も言っていた様に、敵義仲勢の先頭部隊が手強かった場合は、無理に戦わなくて良い。が、偵察だけは出しておく」

総大将維盛が言い、続けて侍大将の河内判官秀国[平氏の家人]に向かい、

「秀国。郎等と共に義仲勢の様子を見て来てくれ。しかし敵が待ち受けているかも知れん。行動は慎重にな」
命じた。

「はっ!」

秀国は応じ、少し緊張しながら本陣を出て行った。


「ああ?・・・」

河内判官秀国は呆然としながら訊き返した。

と、
「間違いではありません!とにかく来て下さい!見れば判ります!」

郎等が強く言っていた。

「しかしな・・・維盛様には慎重に行動しろと・・・」

秀国がもごもごと言い訳する様に言っているのを、郎等が引き摺る様にして連れて行く。

と、
敵義仲勢の先頭部隊がいるであろう筈の場所には誰もいなかった。
人っ子一人いない、とはこの事である。
が、
その場所には源氏を示す三十本程の白い旗が立てたあり、そよそよよ長閑に風に靡いていた。

その様子を呆気に取られた様に、口を開けて見ていた秀国は、


「奴らは・・・義仲勢は一体何処に・・・」

誰にともなく呟いた。
と、
「敵義仲勢の先頭部隊を前方に発見!敵は動いておりません!
その距離、およそ一町[一町約一〇九メートル]程!」

郎等が報告するのを聞いていた秀国は、何故か腹が立って来た。
義仲勢に遊ばれている様に感じたのである。

「巫山戯るな!」
押し殺すように呟くと、

「一旦戻るぞ!この事を維盛様に報告する!」

腹立ち紛れに郎等らに命令した。
秀国は、緊張して最前線に偵察にやって来たのであるが、そこに待ち受けていたのは敵の軍勢では無く、敵の白い旗だけ。
何か敵に舐められている、と感じた秀国がイラついてしまったのも無理は無い。

と、
「敵の旗はどうしますか?」

引き返そうとしていた秀国に郎等が問う。

「敵の旗など引き倒しておけ!」

振り向き様に秀国が怒鳴ると、郎等らが一斉に白い旗を倒し、その旗を踏みにじっている。

その様子を見ていた秀国は、少しだけ気が晴れたように表情を緩め、

「戻るぞ」
命じると、平氏方の陣に戻って行った。



同時刻。

「羽丹生で第七軍の旗が倒されました!」

報告を受けた根井小弥太は、
「合図だ!」

叫びつつ、海野幸広、稲津新介実澄に声を掛けると、

「我が第五軍の旗も、ここにそのままにしておけ!」
海野幸広が指示し、

「これより敵平氏方に見つからぬように移動する!」
稲津新介も間髪入れずに命令した。


「行軍を開始する!行くぞ!」

最後に小弥太が号令を掛けると、松原の柳原に陣を構えていた義仲勢第五軍九〇〇〇騎は、静々と音を立てずに動き出したのである。



同時刻。

「合図です!第七軍の旗が倒されたものと思われます!」

郎等の報告を待っていたかの様に、

「移動する」
静かに立ち上がりつつ命じた今井兼平。

「馬は引いて行った方が良い」
手塚光盛が応じると、

「だろうな。なるべく音は立てずに行軍しなければならんからな」
那波広純が応え、

「さあ!参りましょう!」
斎藤太が元気良く号令を掛けた。

日宮林に陣を構え、この時を待っていた義仲勢第六軍六〇〇〇騎も動き出した。当然、音を最小限に抑えて静かに。



同時刻。

「第七軍の本陣、羽丹生で旗が倒されました!」

郎等が声を掛けると、仁科盛家、葵御前、岡田親義、藤島助延は、眼を見交わしつつ立ち上がった。

「良し!これより我が第三話も移動する!」
仁科が命じると、

「第七軍の羽丹生には・・・」
葵御前が珍しく何かを言い辛そうに発言した。
この葵、別名をアクティブクールビューティー葵、と言って、澄まして居ればお姫様だが、やたらと勝気で、しかも猪突猛進の前のめりな性格なのである。なので常々主張したい事が有れば堂々と胸を張って口に出す葵であった。
その葵が遠慮気味に、何かもごもごと発言している事自体、普段の葵らしく無いのであった。

そんな葵を何か始めて見る様な眼で見ていた仁科、岡田、藤島であったが、

「羽丹生へは向かわない。かねてよりの義仲様の指示通りに行動する」

仁科が穏やかに、だが決然として言った。

と、
「義仲様の事が心配なのは解りますが、それは我らも同じ事ですよ、葵どの」

藤島助延が葵に声を掛けた。
すると葵は頬を真っ赤にに染めて、

「!・・な、何も私は心配なんて!・・ただ・・やはり・・・その・・・」

言い返してはいるが、尻すぼみになっていた。
そんな遣り取りを見ていた岡田が、

「葵どの。勝つ為です。ここは辛抱して我らに任された事をやり遂げましょう」

諭すように言うと、

「そうですよ。それに手柄を立ててから義仲様に合流する方が、格好良いじゃないですか」

藤島がことさら明るく言った。
その邪気の無い藤島の顔を見ているうちに、葵は少し恥ずかしくなっていた。

(自分の事しか頭に無かった・・・
 しかも、自分の感情を抑える事が出来ていなかった・・・)

葵は一度、深呼吸すると、長く美しい髪を掻き上げ、

「ごめんなさい。らしく無かったわ。義仲様から与えられた任務に集中しましょう」
自分に言い聞かせる様に言った。

その時、その眼も、その表情も、いつも通りのアクティブクールビューティー葵に戻っていた。

「では行こう」
仁科が力強く頷きながら号令を掛けた。
北黒坂に陣を構えていた義仲勢第三軍七〇〇〇騎も、何処かへと移動を開始した。



同時刻。

「旗が倒されたな」
義仲は呟いた。

ここ羽丹生で、義仲勢第七軍本隊が陣を構えている前方一町程前に立てたおいた白い旗が見えなくなった。
と、
「巴。これから少し私が指揮を執る事になるが、それで良いか?」
義仲が真面目に許可を求めて来た。

巴は口元を綻ばせ、眼を瞑り、僅かに頷いただけで返事に替えた。

「それでは精強な兵を集めてくれ」

義仲が、巴、宮崎、石黒に命じた。

「解りました!数はどのくらいですか?」

石黒が勢い込んで訊き返す。その眼は爛々と輝いている。いよいよ戦闘開始!と言う高揚感に満たされているらしい。宮崎も表情を引き締めていた。

と、
「考えが有る」
義仲が応じた。
続けて、
「その数、十五騎」
穏やかに言った。


☆ ☆


「なかなかしぶといな。先程までは逃げ回っていたというのに」

越中前司平盛俊が、敵義仲勢の変化に気付いた。
盛俊は六〇〇〇騎で、義仲勢第一軍五〇〇〇騎を追い回していたのだが、いつの間にか義仲勢は後退はしているものの、反撃にも移っていたのである。

「ようやくヤる気になってくれた訳か」
盛俊は馬上で呟くと、


「敵の動きはまだ鈍い!距離を詰めて一気に攻めるぞ!」


「おおおおーーーーっ!!!」

盛俊以下六〇〇〇騎は雄叫びをあげ、土煙りを蹴立てて突進して行った。


「砥浪山方面の義仲様に伝えて貰いたい!」

馬上で矢を射つつ応戦している第一軍大将落合兼行は、郎等を呼ぶと命令した。

「はっ!」
郎等が応じると、

「志雄山方面より敵平氏方搦手の軍勢約三万三〇〇〇騎が現れました、と!」
兼行が叫ぶ、

「戦況報告はどうしますか?」
郎等が訊いた。
と、
「お前は、ここで起こった事を全て見て理解しているな?」
逆に兼行が訊いて来た。

「はいっ!大将軍行家様が真っ先にに逃げ出し・・・」

郎等の返事を、途中で身振りで遮った兼行は、

「その事も含め、包み隠さず義仲様に報告してくれ。全てな」
苦笑しつつ言った。
続けて、
「あと二つ伝えておいてくれ。一つ、行家どのは討たせません、と」

「はっ!」


「もう一つ。こちらが重要なんだが、志雄山方面の戦線は第一軍、第二軍、総力を持って維持させてみせます!と!」


兼行が覚悟を言い放つ。

「解りました!必ずその通りに義仲様へ伝えます!では!」

郎等は応じると、馬の向きを変え、後方へと駆け去って行った。
砥浪山方面へと。

(頼むぞ!)

郎等の後ろ姿を見送りながら、兼行が念じていると、


「何故もっと退かんのじや!反撃しろなどとは命令しておらんぞ!ワシは!」


悲鳴の様に我鳴り立てているのが、義仲勢搦手志雄山方面軍司令官にして、大将軍の新宮行家であった。かのリアルチェーンホラー、歩く不幸の手紙こと困ったちゃん行家である。

兼行は頭を抱えたくなったが、小さく溜め息を吐くと、

「これで良いのです。我が第一軍五〇〇〇騎は、行家どの、彼方を守る為だけに戦っているのですから。この方が安全です」

多少皮肉を交えて応じたが、

「そ、そうか。ワシの為にな。まあ当然の事じゃな!だが少しでも危なくなりそうなられ直ぐに退くんじゃぞ!良いな!分かったな!」

少しは安心し、念を押す行家。だが皮肉は通じていないし、何より軍勢の将として最低な事を怒鳴っている事に気付かない大将軍行家であった。

(勝手にしろ。好きなだけ逃げ回っていれば良い。それがお似合いだ。行家、お前にはな)

心の底から、こう思っていた兼行だが、口にも表情にも眼付きにも態度にも出さずに、

「解りました。大将軍行家どの」
穏やかに答えた。

こんな事をしている間も、激しい戦闘は行われている。



「敵平氏方の攻撃が激し過ぎる!楯どの!このままでは兵の損耗が増えるだけだ!」

津幡隆家が叫びながら報告して来た。
義仲勢第二軍一万騎は、平氏方追討軍搦手約二万七〇〇〇騎の攻勢に晒されていた。

「確かにこのままではマズいな。一旦引いて敵との距離を取る」

楯親忠が周囲を見廻しながら言った。

続けて、
「あの後方の小さな森まで一気に引く!だが、引く時にも矢を射続けろ!敵に突進の機会を与えるな!」
命令した。


「おおーーーーっ!!!」


兵らが応じ、攻撃の手を緩める事無く、速度を上げて引いて行く。
と、後方の森を見詰めていた隆家が、

「楯どの!俺に考えが有る!兵を五〇〇〇騎程、俺に使わせてくれ!」

叫んだ。これに驚いた富樫入道仏誓は、

「何じゃと!我が軍の半数を寄越せ、と言うのか隆家!何をするつもりなんじゃ!」
眼を見開きながら隆家に言うと、

「オッさん!あんたには言って無い!楯どの!どうだ?」

隆家は仏誓を見ずに、ただ楯の眼を見詰めていた。
これ以上無い真剣な眼付きで。

楯は隆家の眼を見返すと、一瞬で覚悟を決めた。

「これより我が軍を二つに分ける!五〇〇〇騎は私と仏誓どのが、そして残りの五〇〇〇騎は津幡どのが指揮してくれ!」

楯が命じると、 

「そう来なくちゃな!楯どの!俺はあんたがもっと気に行った!これから俺の事は隆家と呼んでくれ!」

隆家が不敵に笑いながら叫んだ。

「解った!隆家!俺の事も忠親、でいい!」

楯も同じく不敵な笑みを浮かべて叫んだ。 
そんな遣り取りを呆れた様に見ていた仏誓が、

「それでどうするのじゃ、隆家!」
訊いて来た。

「あの森までは共に引いて行く!その後に俺は五〇〇〇騎を率いて別行動に移る!忠親とオッさんの部隊は敵を引き付けておいてくれ!」

隆家が答えると、

「隆家!お前の動きに全て合わせて対応する!好きにやってくれ!」
楯が応じた。

「任せろ!」

隆家が横目で言いつつ、馬を駆けさせ楯と仏誓の許から離れて行った。部隊を再編する為に。そしてその与えられた五〇〇〇騎を率いる為に。


「ん?奴ら退く速度を上げたな」

越中次郎兵衛平盛嗣が駆けている馬上で言った。
と、
「距離を取って応戦しようって魂胆だろ」

隣で馬を駆けさせている上総悪七兵衛藤原景清が応じた。

義仲勢第二軍に攻勢を掛けている平氏方追討軍搦手の先頭部隊一万騎を率いているのがこの二人、盛嗣と景清なのであった。


「そうだろうな。だが、あの敵の後ろの森が少し気になる」
盛嗣が言うと、

「ああ。アレか。奴らあの森に紛れて戦おうって考えてる訳か?だとしたら一万騎の軍勢が紛れ込むには、あの森は小さ過ぎねェか?」
景清が応じた。

「・・・だな。敵との距離を縮めてしまえば、奴らは応戦する事しか出来なくなる。一気に突撃するか」
盛嗣が決断すると、

「ああ。まだまだ勢いは我ら平氏方に有るからな。下手に小細工するよりは正面から行った方がいいぜ!」

景清が応えると、盛嗣は頷き、


「敵との距離を詰める!行くぞ!」


号令を掛けた。



「おおおおーーーーっ!!!!」



地響きを立てながら、平氏方搦手先頭部隊一万騎は、盛嗣、景清を先頭に義仲勢第二軍へと突進して行った。



「大分、敵に押されておるな・・・」

正面に敵の平氏方、左に森の樹立ちを見上げながら仏誓が呟く。
と、

「少しずつ森の外辺に沿って後退だ!だが、森の中には入ってはならん!」
楯の指示が飛ぶ。
それを聞きつつ仏誓は矢を射た。楯も必死に兵らを激励し、馬上で矢を射ている。
敵平氏方との距離が見る見る縮まってくる。覚悟していた事、とは言え、敵の攻撃は激しく、また前進する速度も速まっていた。

楯は冷や汗をかきつつも、

「敵の先頭に矢を集中させて射よ!」
指示をし続けていた。

と、
敵が雄叫びを上げると平氏方の前進する速度が上がった。
突撃を掛けて来たのだ。
大地を揺るがす様に、平氏方が一気に肉迫して来る。


(このままではやられる!)


楯は眼を見開いて、敵を見つつ思った。
が、
その身体は自動的に矢を射続けている。
絶望的な予感が身体にのしかかっていたにも拘らず。

と、
「何だ!」「どうした!」
盛嗣と景清が、ほぼ同時に叫んだ。

二人の周囲で馬を駆けさせていた兵達が落馬している。
と、
次の瞬間にも盛嗣の目の前にいた兵が落馬した。
矢に射られて。
横から矢が来た。
反射的に矢が来た右側を見た盛嗣と景清。



「!」「!」



息を呑んで、大きく眼を見開いた。
信じられ無いものを盛嗣と景清は見た。
それは右横から自分達に突撃して来る敵義仲勢の姿であった。

「良し!上手く敵平氏方の右側に喰らい付いたぞ!敵はまだ矢を射て来れない!今だ!全軍突撃ーーーーっ!」

隆家が太刀を抜きながら号令を掛けると、彼に率いられた五〇〇〇騎の軍勢は、平氏方先頭部隊の右横から一気に襲い掛かった。

隆家率いる五〇〇〇騎は、森に近付いた所で楯と仏誓率いる五〇〇〇騎を追い抜き、全速力で時計回りに森の外辺をぐるりと迂回したのである。

楯、仏誓率いる部隊が後退を止め、その場で平氏方先頭部隊の攻撃を引き付けている間に。

前方の敵だけに意識を集中させていた平氏方先頭部隊にとっては、思い掛けない方向から攻撃を受けた事になる。しかも、弓を構える事が出来ず、矢を射る事が出来無い右方向から。


義仲勢第二軍としては、時機[タイミング]的に最高で、理想的な奇襲作戦が成功した訳だ。

(井家のおやっさん。これはあんたの遣り方[戦い方]だ。済まねェが真似させて貰ったぜ。平氏方に一矢報いる為、いや!平氏方に勝つ為だ!
許してくれるだろ?おやっさん)

津幡隆家は心の中で、彼の生命を救った井家範方に語り掛けていた。
と、


『馬鹿者が!百年早いワイ!』


井家に怒鳴られた様な気がした。

勿論、気のせいだ。
それは解っている。
だが隆家には、しっかりと聴こえた、様に感じた。

「うるせェな。黙って見ててくれよ。おやっさん」

セリフとは裏腹に、顔に満面の笑みをうかべながら隆家は呟くと、


「敵の脚を止める!暴れまくれ!」
叫びつつ太刀を高く掲げ、


「俺は加賀の津幡隆家!井家庄での借りを返してヤるぜ!」

叫びながら平氏方先頭部隊の横っ腹へと突っ込んで行った。

「隆家がやりおった!」

仏誓が歓喜の叫びを上げた。と、間髪入れずに、


「良く我慢してくれた!今だ!
我らも隆家の隊と呼応し、全軍で平氏方に突撃を掛ける!行くぞ!」


楯が兵達に命じた。


「おおおおーーーーーっ!!!」


今まで後退を重ねて来た義仲勢第二軍一万騎は、一転して攻勢に出た。
平氏方先頭部隊に対し、正面と右横の二方向から一気に肉迫し、攻撃を掛けたのである。この時の義仲勢第二軍の攻勢は凄まじいものであった。今まで溜まっていた鬱憤を一気に晴らす、とでも言う様な爆発的な突撃と打撃力であった。

ここに義仲勢第二軍と平氏方先頭部隊は大乱戦に突入した。
両軍併せて訳二万騎で乱戦である。しかし、戦況は完全に義仲勢第二軍が有利に展開していた。
思い掛けずに逆撃を喰らった平氏方は混乱し、し次第にその戦意を低下させて行ったのである。


「ヤバいぜ!戦列がズタズタにされた!どうする!次郎兵衛!」

景清が叫びつつ盛嗣を見た。

と、
「解っている!この状況では我らが不利だ!」
盛嗣は応じ、
続けて、
「ここは撤退だ!今のままの乱戦では組織だった反撃が行えない!悪七兵衛!お前が兵らを纏めて退け!私は後方で味方の退却を援護する!」

叫んだ。

景清は一瞬、眼を細め怒った様な表情になったが、直ぐ口許に苦笑を浮かべ、

「ソレしか無ェな。俺が兵らを引っ張って退く。了解だ。次郎兵衛ドノ」

言うと、振り返り兵達に向かい、

「全軍!一旦本隊まで退く!後ろは次郎兵衛が護ってくれる!安心してこの悪七兵衛に続け!」

景清は声を張り上げ、兵達を率いこの大乱戦の戦場から抜け出して行く。




「追撃はするな!我らも一旦、兵を纏めその後に前進して陣を構える!」

楯が指示すると、先程までの戦闘が嘘の様に止んだ。一方、隆家と仏誓は、楯の指示通りに各々の部隊を再編する作業に移っていた。

最後に義仲勢第二軍の軍勢の中から、辛くも脱出する事に成功した平氏方の部隊を率いていたのは、当然次郎兵衛盛嗣であった。



志雄山方面でのこの日の激烈な戦闘は終わった。
もうすぐ日が沈む。

だが、この志雄山方面では大将軍行家を含む落合兼行指揮の義仲勢第一軍五〇〇〇騎と、越中前司平盛俊指揮の六〇〇〇騎。楯、津幡、仏誓指揮の義仲勢第二軍一万騎と、平忠度指揮の平氏方追討軍搦手二万七〇〇〇騎の戦いが終わった訳では無い。

そして、遂に砥浪山方面では、義仲勢本隊三万五〇〇〇騎と.平氏方追討軍大手七万騎の戦いが始まろうとしていた。