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加賀武士

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2021年3月の記事一覧

佐見

佐見

佐見
本拠地不詳
北陸(越中?加賀?)武士

富山県朝日町

石川県小松市佐美町

高野本の燧合戦、源平盛衰記の平家を追い落とす安宅の戦いで林・富樫に続いて書かれている。越中国三位荘を本拠とする武士で富樫一門という説があるが、加賀に佐見という地名があり、どちらか確証を得ない。

下田

下田

北陸合戦で林・富樫に次いでよく登場する。源平盛衰記には「ひきた」とルビがあり、疋田氏をさすとみられる。

成合

成合

成合
石川県加賀市篠原
北陸(加賀)武士か?

倶利伽羅合戦の際、志雄山へ向かった軍勢の中に信濃武士と混じって唐突に記されており、成合氏という武士がいたのかも不明。
「成合」という地名は、源平盛衰記に頻出している石川県加賀市付近の地名だが、地図の通り川や池が多い地域で、現在場所が確定していない。
仮に加賀武士としてデータを置く。

安江

安江

石川県金沢市安江町(安江保)
北陸(加賀)武士

富樫家経の外戚の甥。燧合戦に敗北し北陸武士が転戦していた時、安宅から越中に向かう途中馬を射られて落馬した。

疋田

疋田

疋田二郎俊平(利平)・小太郎俊弘
石川県金沢市疋田町?
北陸(越前)武士。斎藤氏

燧合戦で名が見える。「加賀志徴」によると金沢市に居館跡があるという。
疋田系斎藤氏の本領は越前国坂井郡坪江郷疋田(福井県金津町付近)と考えられているため、俊平の時代に金沢に移住していたかは不明だが、「尊卑文脈」によると妹が金沢市に本拠地がある富樫二郎の妻と書かれているため、当時から進出していた可能性も十分にある。

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