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伝承の館(福井編)

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河上城

寿永二年(一一八三)四月、平泉寺長吏斎明の裏切りで源氏方の燧城が落とされ、北陸武士は河上城に転戦した。山腹に南北にわたって深さ三メートルほどの堀跡が二条残っているという。

福井県坂井市丸岡町河上

平泉寺長吏斎明(斉明)

平泉寺斎明(斉明)
福井県勝山市平泉寺
平泉寺威儀師 斎藤氏

 越前斎藤氏は代々越前の大寺院・平泉寺に子息を送って影響力を保っていた。越前は都に近く平家の直接支配下にあり、斎明は同族の稲津と共に平家方について戦っていたが、加賀の人々が反平家の兵をあげ攻めてきたのを見て、義仲方に寝返った。
 義仲方に加わってからは主要武将格となり、燧合戦では筆頭に書かれる存在だった。ところが斎明は無情に戦局を冷静

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白山神社(福井県鯖江市)

義仲が宿営したという。その際義仲が薄墨桜と歌を詠み短冊をつけたという神木桜あったという。

福井県鯖江市水落町1丁目8

城山(福井県福井市)

斎藤実盛・実員兄弟が1182年に越後から南下する木曾義仲軍を防ぐため築いた城の跡と伝えられている。北麓に城ヶ谷・城ノ下・一の城戸・二の城戸・馬場・的場・館跡の地名が残る。

福井県福井市清水畑

中野館跡

樋口兼光の館跡だという。中野の字町にあり、浅水川を西側の防御線とした字殿後と北に接した字城門が館跡の中心。付近には上屋敷・下屋敷・舞台・穴蔵などの地名が残る。南北朝時代にも使用されたとみられる。

福井県鯖江市中野町

松山城

樋口兼光の城があったという。

福井県鯖江市下新庄町

今井神社(福井県福井市)

今井兼平が3年間居住したと伝えられる。今井神社境内地が今井城跡で、北西麓の志津川沿岸に御城山畑の地名が残る。

福井県福井市小羽町

藤島城跡

林六郎大夫光明が城主だという林城跡。その後藤島城と呼ばれるようになった。西超勝寺の地が城跡に比定され、地籍図に北と東にわずかな土居跡と細い堀がみられる。藤島城のあったとされる館の山は藤島・林両地籍にまたがっている。

福井県福井市藤島町

横山某の居住地

木曾義仲の臣・横山某が寿永年間(1182~85)に燧城(南条郡今庄町)の敗戦で逃れて城跡西麓の南居に居城したと伝えられている。蕗野寺城跡は冬野北部の城山にあり、南北朝時代には新田義貞の籠った城と伝える。

福井県福井市南居町

八幡神社(福井県越前町)

義仲が宿営したという。

福井県丹生郡越前町上糸生83−20

波松(義仲の城伝承)

木曾義仲の城の跡と伝えられている。上城谷・城場山・上城場・下城場・中城町・古城谷という地名が残っている。

福井県あわら市波松

上野山城跡

義仲の城があった。後山地区は東・西・南の三方を山に囲まれるという地形から、多くの城や館が築かれ上野山城跡のほか朝倉家家臣の館跡7か所があるという。

福井県あわら市東山

陵山城跡

義仲が旅の陣を置いたという。上久米田の六呂瀬の北東山上(180メートル)の字馬場谷にある。陵山または一ノ谷とも称する。築城の際、一夜のうちに九頭竜河原の玉石(鳴鹿石)を手渡しで山上に上げたところから、手繰山城また一夜城ともいう。現在も谷間にこの玉石が多くみられるという。

福井県坂井市丸岡町上久米田

須波阿湏疑神社

義仲に従っていた平泉寺長吏斎明が1183(寿永2)年参詣し、願文ならびに神宝数品を奉納したという。

福井県今立郡池田町稲荷13−1