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斎藤実盛

福井県出身、埼玉県に本拠地を持つ武士。

能「実盛」、歌舞伎・浄瑠璃「実盛物語」といった古典芸能の世界で存在感を放つ武士。幼い日に父を殺された義仲を保護し信濃へ送った。その後平家に仕え義仲の軍勢と戦い命を落とした。


■実盛の出身地

坂井郡丸岡町長畝、敦賀市縄間、加賀市長井町など諸説あるが、鯖江市南井の斎藤家はその後裔と伝えられる。

「帰鴈記」には「南井の里は斎藤別当が古郷なり、屋敷の跡今もあり、此所に正瑞院といふ禅寺かすかに残れり、是実盛が菩提所なりとて、幾とせの星霜をふれ共、法のともしびきゆる時なし、位牌に覚雄真円大禅門寿永二年五月二十一日と記せり」と書かれている。

鯖江市南井/実盛館跡

坂井市丸岡町長畝/実盛社(実盛館跡)

福井市清水畑/城山


■実盛のあしどり


「源平盛衰記」によれば、越前国押領使・藤原利仁将軍の後裔と伝え、越前に生れた。源義朝に仕えたのち、平宗盛に仕え、仁安(1166-69)年間には武蔵国長井庄(現埼玉県大里郡妻沼町)の荘司となっている。

埼玉県の伝承地

妻沼聖天山

斎藤塚

実盛塚

長井庄


実盛の最期にまつわる伝承地

1183(寿永二)年五月、加賀国篠原(現石川県加賀市)で義仲軍と戦い討死した。

実盛塚

菩提

実盛愛用の鏡

多太神社

篠原城

那谷寺(実盛の菩提寺)


■伝説化した実盛

実盛が能の作品になったのは、時宗・潮津道場で1414年の念仏が行われた時に斎藤実盛の霊が現れたことがきっかけ。その後道場は西光寺となった。

潮津神社


■実盛の後裔

願楽寺 斎藤実盛の孫が開基した

浄永寺 斎藤実盛の孫が開基した

布都神社