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義仲館
2021年1月12日 11:43
義仲産湯の清水がある神社。義仲は、仁平年間に鎌形館で生まれたと伝えられ、鎌形にあった七清水から水を汲んで産湯にしたといわれている。埼玉県比企郡嵐山町大字鎌形1993(東武鉄道武蔵嵐山駅3・4㎞車9分)
2021年1月12日 11:38
義仲の父・源義賢の館跡。義賢は大蔵館で甥の義平に急襲され命を落とした。(東武鉄道武蔵嵐山駅2・4㎞車8分)
2021年1月7日 14:20
義仲の父・源義賢の墓と伝えられる五輪塔。近くに義賢と義仲、その遺児義次郎とその家臣たちの顕彰碑が建つ。埼玉県比企郡嵐山町大字大蔵(東武鉄道武蔵嵐山駅2・4㎞車8分)
2021年1月12日 13:05
畠山重忠ゆかりの館跡。地の利を生かして構築され、鎌倉街道上道の都幾川渡河点を抑えている。現在国指定史跡となっており、昭和4年に建立された重忠の像もある。(東武鉄道武蔵嵐山1・4㎞17分)
2021年1月12日 12:00
山吹と義高ゆかりの寺。山吹が義仲と義高を追福するために草創したいう。境内の裏手に「木曽殿屋敷」「木曽殿清水」と伝えられる場所もある。埼玉県比企郡嵐山町大字鎌形 (JR明覚駅3・5㎞車10分)
2021年1月12日 13:51
義仲の子孫とかかわりが深い神社。現在は3年に一度1月の第3日曜日に流鏑馬が奉納されている。「木曾家引略記」によると、義仲の遺児・義次郎らが義仲の死後大蔵館に近い妙覚郷、大河郷に逃れて土着していたが、義仲の霊を祭って1234年から11月26日に流鏑馬を奉納するようになったという。この流鏑馬は市川・荻窪・横川・加藤・伊藤・小林・馬場の7氏が始めたという。埼玉県比企郡ときがわ町大字西平(J
2021年1月12日 13:41
頼朝に崇敬された寺。坂東における天台宗の大寺院で中世に栄えた。日本三大装飾経の一つで国宝にも指定されている「紙本法華経一品経」が現存する。後鳥羽上皇や九条家ゆかりの都の有力者が名を連ねている。観音堂の秘仏と伝えられる十一面観音は重忠の念持仏であり、重忠の等身大(180㎝)に造られたと伝えられる。埼玉県比企郡ときがわ町大字西平386(JR明覚駅7・2㎞車15分)
2021年1月12日 13:31
源頼朝の弟・源範頼の館跡だったと伝えられる寺。 埼玉県比企郡吉見町大字御所146-1(東武鉄道東松山駅5・8㎞車12分)
2021年1月12日 13:26
源頼朝の弟・源範頼ゆかりの寺社。岩殿山と号する。平治の乱後範頼が潜在したという。 (東武鉄道東松山駅4・7㎞車12分)
2021年1月12日 13:21
源頼朝が信濃へ攻め入った帰路、陣を取ったという場所。埼玉県東松山市大字下青鳥(東武鉄道東松山駅2㎞車6分)
2021年1月12日 13:18
悪源太義平を祀る神社。「小代行平の置き文」によれば御霊神社には悪源太義平を祀り、義平の邸は「岡ノ屋敷」と呼ばれた。埼玉県東松山市大字正代(東武鉄道高坂駅2・1㎞車9分)
2021年1月12日 13:11
畠山重忠が1182年に菅谷館築城のため鬼門避けとして奉った神社。埼玉県比企郡嵐山町大字川島(東武鉄道武蔵嵐山駅1・1㎞13分)
2021年3月19日 09:34
源義家ゆかりの神社。江戸時代に作られた「住吉社覚」に源義家が奥州出陣の際に箙川大明神を勧請したことや千葉常胤が参詣したことが記録されている。埼玉県坂戸市大字塚越