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伝承の館(朝日編)

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2020年12月の記事一覧

宮崎

宮崎

宮崎太郎長康
富山県朝日町宮崎
北陸(越中)武士 宮崎党

宮崎太郎長康は義仲軍の重要な武将で、倶利伽羅合戦の前哨戦である安宅の戦いで半死半生の傷を負うがよみがえり、北陸合戦を戦い抜き都へ上ってからも名が見える。義仲の死後も生き延び、長野県飯田市で亡くなっている。

■宮崎城

富山県下新川郡朝日町宮崎
(JR越中宮崎駅3㎞50分)

宮崎山は国境にある要害の地で、宮崎太郎が居館を構えていた。源平

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宮崎太郎長康の供養塔

宮崎太郎長康の供養塔

北陸宮墳墓を擁護するように建てられた供養塔。昭和48年に長野県下伊那郡阿智村の宮崎太郎長康公墓碑と同一のものを建立した。

富山県下新川郡朝日町元屋敷
(JR越中宮崎駅3㎞50分)

基になった五輪塔は長野県阿智村 宗円寺にある。

北陸宮墳墓

北陸宮墳墓

北陸宮を偲び京都市知恩院の奥にあたる安井宮墓地から分骨し鎮められた墳墓。昭和45年建立。7月8日が命日。

富山県下新川郡朝日町宮崎
(JR越中宮崎駅3㎞50分)

脇子八幡宮

脇子八幡宮

義仲が戦勝を祈願したとされる神社。北陸宮が元服をしたとも。宮崎城跡に奥宮があり、麓に里宮がある。

富山県下新川郡朝日町横尾
(JR泊駅2・3㎞29分)

室町街道

室町街道

義仲が平家打倒の為に出陣した時にとおった道。脇子八幡宮の境内にあり、本殿への階段を横切るように南北に残っている。

(JR泊駅2・3㎞29分)

諏訪神社(富山県朝日町)

諏訪神社(富山県朝日町)

義仲が後白河法皇の孫・北陸宮を平家に奪われぬように擁護するために建てたとされる神社。

富山県下新川郡朝日町宮崎
(JR越中宮崎駅3・1㎞50分)

虎尾桜

虎尾桜

義仲の妻・山吹の戒名を虎尾御前といい、木曽への帰りに植えたと伝えられる。金剛谷、境地内関所跡の南側山腹にある桜。

富山県下新川郡朝日町境
(JR越中宮崎駅2・5㎞34分)