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伝承の館(熊谷・深谷・加須編)

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古河渡

志田合戦の際、敗走する志田義広勢を下河辺氏が討とうとした場所。奥州へ向かう渡河点にあたり河原宿として栄えていた。

埼玉県加須市向古河

木角

木角

木角(小角)六郎
埼玉県深谷市中瀬(上野国新田庄小角)

上州武士団。横田河原合戦に参加

鶯の瀬

井椋神社の境内の裏手にある。畠山重忠が榛沢成清のもとからの帰り道、豪雨のため洪水で渡れずにいたところ、鶯が鳴いて浅瀬を教えてくれたという「鶯の瀬」がある。

埼玉県深谷市畠山
(秩父鉄道永田駅1・8㎞22分)

満福寺

平安時代に開かれた寺。寿永(1182~1185)年間に畠山重忠が伽藍を整え菩提寺にしたと伝わる。

埼玉県深谷市畠山
(秩父鉄道永田駅1・6㎞19分)

井椋神社

井椋神社

秩父氏は代々秩父井椋五所宮を敬ってきたため、畠山重能の時代に畠山に居を構えた時、井椋神社を勧請したという。

埼玉県深谷市畠山
(秩父鉄道永田駅1・5㎞18分)

畠山重忠公の墓

畠山重忠公の墓と言われる五輪塔。県指定文化財。

(秩父鉄道永田駅1・7㎞20分)

畠山館跡

畠山重忠の父・重能が畠山庄の開発領主となり畠山氏を名乗り居住した。現在は畠山重忠公史跡公園となっている。公園内には「重忠公産湯の井戸」「重能墓」もある。

埼玉県深谷市畠山
(秩父鉄道永田駅1・7㎞20分)

蓮生往生の予告

蓮生(熊谷直実)が1206年8月に「翌年二月に往生する」と村岡の市に札をたてさせ公言したという話が法然上人絵詞に載っている。

埼玉県熊谷市村岡
(JR上熊谷駅2・3㎞車7分)

熊谷寺(ゆうこくじ)

熊谷直実居館跡と比定される寺。本尊の阿弥陀如来は蓮生(熊谷直実)が草庵で往生を願ったところ光を放って命終の日を告げたと伝えられ「証拠の阿弥陀仏」と呼ばれている。

埼玉県熊谷市仲町
(JR上熊谷駅0・6㎞7分)

髙城神社

髙城神社

鎌倉初期に熊谷直実が崇敬したという社伝が残る神社。

埼玉県熊谷市宮町2丁目93
(JR上熊谷駅1・1㎞13分)

熊谷郷

熊谷郷は熊谷直実の父・直貞が開発領主だった。現在熊谷駅前には直実の像がある。

(JR熊谷駅0・4㎞4分)

斎藤塚

実盛の子が父の遺物を埋めたなどの伝承が残る塚。

埼玉県熊谷市弥藤吾
(JR熊谷駅9・3㎞車18分)

実盛塚(埼玉県熊谷市)

実盛塚(埼玉県熊谷市)

斎藤実盛ゆかりの塚。この付近に斎藤実盛の屋敷跡があった。

埼玉県熊谷市西野
(JR熊谷駅7・9㎞車17分)