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伝承の館(中野・飯山・野沢温泉・栄編)

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義仲ゆかりの梨の大樹

義仲ゆかりの梨の大樹

義仲が平家を討つために通った時、梨の木の下で休んだという。鞍をかけたとも言われている。

ここから北の方に義仲を守った観音様が洞穴に祀ってあったと言う。いつの間にか観音の像がなくなり、今は洞穴のみが残るという。

長野県下高井郡木島平往郷

静間氏

保元の乱に志津間小二郎が義朝方で参戦。その子孫とみられる静間六郎が平家に従った。「静間」ではない「志妻」、「閑妻」と表記される場合もある。
静間の地は千曲川の渡河点があり、交通の要衝として栄えた。

長野県飯山市大字静間1158

常葉氏

長野県飯山市大字常盤

笠原氏

長野県中野市大字笠原

 笠原氏は笠原牧を本拠地として広がった武士。しかし長野県内には「笠原牧」が複数あり、伊那市・中野市に存在している。
 伊那市の笠原牧は延喜式の勅旨牧の一つで、当時を思わせる遺跡などが残っているが詳細は不明。土豪の笠原氏がいたと推測されるが史料が残されていない。江戸時代の伊那谷では義仲と戦った笠原頼直は伊那の人と思われていた。
 中野市の笠原牧は平安時代に設けられ、吾妻鏡には

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木島城

木島城

義仲の城だという。

長野県飯山市大字木島

長範山(熊坂山)

長範山(熊坂山)

義仲が頼朝の侵攻を受け、依田城を退き陣を取った場所は熊坂山という。熊坂山は長範山をさすという。

長野県上水内郡信濃町野尻 長範山

頼朝の信濃侵攻の経過はこちらに詳しく掲載しています↓

合戦場

義仲の北国進軍にまつわる地名。城氏軍を追って戦ったのか、合戦場という。

長野県下水内郡栄村大字堺
(JR飯山駅33㎞車76分)

兼平矢あたり石

兼平矢あたり石

兼平の射た矢が当たった

長野県野沢温泉村平林

義仲館跡(長野県野沢温泉村)

義仲館跡(長野県野沢温泉村)

義仲の館跡だという。巣鷹山頂上に残濠が残されているという。

長野県下高井郡野沢温泉村大字東大滝
(JR上境駅16㎞車44分)

野沢城館跡

野沢城館跡

木曽殿楯跡という要害険阻な城跡。

長野県下高井郡野沢温泉村大字豊郷
(JR上境駅2・7㎞33分)

柏尾楯跡

柏尾楯跡

楯六郎の城跡。義仲北国進軍の際に拠ったという。

長野県飯山市大字常盤
(JR戸狩野沢温泉駅2・5㎞30分)

笠原神社

笠原神社

笠原氏の本拠地にある神社。屋敷跡とも。

(長野電鉄中野松川駅4㎞48分)

日野城

日野城

高梨高住・高尚の城。建久年間中に頼朝が来遊したという。

長野県中野市小舘4
(長野電鉄中野松川駅1・1㎞13分)

間山小曽崖城

頼朝の信濃攻めの際の本陣。建久年間中にも頼朝が来遊したという。

(長野電鉄延徳駅3・6㎞42分)