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義仲戦記

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3/27より、毎日20:30に更新! 源平盛衰記と玉葉をベースに義仲の戦をストーリー仕立てで紹介! 巴・今井兼平はもちろん、あなたのご近所の地名を冠した地方武士も登場するかも!?… もっと読む
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記事一覧

義仲戦記53「残照」

「関東勢は既に宇治,勢多二方面より京中へ侵攻。
この上は京への帰還の好機は失われた事となり、逸早く京への御幸は取り止め、平氏一門は福原へ戻られよ、との主君義仲の言葉に御座います」

義仲勢の武将落合兼行が冷静に告げると、平氏方の御幸の行列より先行していた越前三位通盛と皇后宮亮経正の両将は絶句したまま馬上で固まっている。

義仲の命を受けた落合兼行は、京を出ると淀川沿いに南下し、摂津に入って富田[

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義仲戦記52「約束の場所」

五騎の一角が崩れた。

先頭を駆けていた家包の馬に矢が命中し、乗っていた家包もろとも馬が横様に倒れたのである。

「私に構わず行って下さい!」

家包はよろけながらも直ぐに立ち上がると、駆け続けている四騎に叫んだ。
義仲・兼平・巴・光盛は、家包に目礼を送り返答とした。

と、
「私は上野の多胡次郎家包!私を討ち取り手柄にするが良い!」

家包は叫びつつ太刀を振り翳して敵に斬り掛かって行った。

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義仲戦記51「運命の日 急」

状況は最悪であった。

出陣した義仲勢第七軍二〇〇騎は六条をそのまま東に進み、六条河原に出たところで全軍を一旦停止させて周囲を見渡すと、既に七条、八条の河原や法住寺、柳原の辺りには白い旗が幾条も天に翻っていたのである。

白い旗は源氏を示す旗であるが、同じく白い旗を用いている義仲勢にとって、これは味方を表す色では無く、敵の存在を現す不吉な色となっていた。

「来た」

戦う美少女巴御前が

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義仲戦記50「運命の日 破」

“一月十八日。

行家討伐軍。
河内長野石川城を陥落させ石川判官代蔵人家光を討ち取る。
が、新宮行家の逃亡を宥し、現在、紀伊國名草へ向け追撃中。軍勢一〇〇〇騎は無事。”

“本日二十日。

宇治方面軍壊滅。
第二軍大将長瀬判官代義員・第三軍大将楯親忠・第四軍大将及び搦手総大将根井小弥太行忠討死。

関東勢搦手二万五〇〇〇騎は宇治川を渡河し現在、京に向け北進中。既に木幡・伏見まで侵攻。”

“本日二

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義仲戦記49「運命の日・序」

対岸に立ち昇る煙りは徐々にその勢いを増し、次々に隣り合う家々にその炎による災いが燃え拡がって行く。
義仲勢宇治方面軍搦手総大将根井小弥太行忠は茫然と見上げている。

「ココまでヤんのか・・・関東勢の大将軍は・・・」

知らず知らずのうちに呟いていた。
ふと焔が燃え移っていた家屋の中から全身炎に包まれた人が転げ出て来た。
それも続々と。

驚愕に見開かれていた眼を更に凝らし、対岸を注意深く

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義仲戦記48「迫りくる厄災②」

「敵の城門が開かれました!おそらく撃って出て来るものと思われます!」

「籠城する利を自ら捨てるとは・・・何を考えているのか、奴らは・・・」

家人の報告に呆れた様に呟く本三位中将平重衡は、能登守教経に眼をやると、教経はニヤリと口元を歪めて答える。

「自棄になった訳でも無かろうよ。重衡どのの援軍が到着した事で、更なる援軍が来る前に一暴れした後でここを引き退くつもりであろう」

「しかし忠度どのの

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義仲戦記47「迫りくる厄災①」

「御所に対して火矢を放ち、これを焼失させたとは天をも畏れぬ所行であろう。その上、高僧、いや貴僧を喪った事は仏法に対しても弓を引いた事になる。大変に怪しからぬ事だ」

宮内判官公朝と藤内左衛門時成は鎌倉に到着した早々、法住寺御所での一件を口頭で報告した時、頼朝は落ち着き払ってそう答えた。

既に配下の中原親能から詳細な報告の書状により、法住寺御所の件に付いては承知していた頼朝だったが、今、初めて耳

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義仲戦記46「予期せぬ障碍」

「何だと!それは本当か!」

「はい!間違いありません!
解官された者の詳細はこれに!」

朝廷の役人が書類を差し出す。
右大臣九条兼実は引っ手繰る様にして書類を掴み取ると、彼らしく無い荒々しい手つきで紙を一気に広げるや、瞬きする事を忘れた様に見開かれた眼で読み進んで行く。

そこにはこの日、官職を解任された者らの名が列記されていた。

中納言藤原朝方を筆頭に、参議右京大夫藤原基家、太宰大弐実清、

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義仲戦記45「鎌倉の胎動」

後白河法皇による乱は、法皇方に多くの死者を出した。
法皇の親族や近臣、貴族、高僧を始め悪僧ら、それと武士らがその犠牲者となったのである。

乱の翌日、十一月二〇日。
五条河原に法皇方として戦い、命を落とした者らの首級が晒される事となった。
その数およそ一〇〇名以上。
その中には比叡山延暦寺天台座主明雲大僧正、園城寺長吏円恵法親王らこの度の乱で主導的な役割を果たした高僧を始め、近江中将高階為清、越前

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義仲戦記44「乱麻を断つ 法住寺合戦」

その男は全ての者を唖然とさせていた。

義仲勢もそうだったが、法住寺御所に集められている約一万二〇〇〇名の者らも同様にその男を眺めていたのである。

寿永二年十一月一九日、早朝。
この日は一幕の喜劇と共に明けたのであった。

夜が明ける前に第二軍を防衛の為に残し、六条西洞院の邸を出陣した義仲勢七〇〇〇騎は、義仲の指示の許、各軍はそれぞれの道程を経て法住寺御所に至ると、その法住寺殿西の門の築地の上に

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義仲戦記43「決壊前夜」

「では法皇陛下。私は失礼して八条殿へと戻らせて頂きます」

京が不安に慄いている十一月一七日の夜の事。法住寺御所南殿に参集しているお歴々の中で、八条女院[後白河法皇の妹]がそう切り出すと、それまで騒々しかった広間が水を打った様な静寂の場へと変化した。

「ほう。八条院よ、戻ると申すか」

義仲に対し最後通牒を叩き付け、取り巻きの近臣らや、呼び集めた延暦寺座主、園城寺長吏といった有力寺院の責任者、公

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義仲戦記41「室山合戦」

(おいおい。スゲェな!こりゃイける!さすがワシじゃ!
やはり法皇陛下より御指名されたワシは天下の追討大将軍サマじゃ!
そこら辺に転がっている有象無象の木っ端武士どもとはワケが違うワイ!
この戦さ、もはや勝ったも同然じゃ!)

「ぅわははははは!」

新宮十郎備前守行家は疾駆する馬の上で一人、興奮を抑え切れないでいた。いや、最後の方は笑い声さえ上げていたのであった。
主に自分自身を褒めて上げるコトで

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義仲戦記40「緊迫の三日間」

「義仲様がお倒れになられた事は、この場に居る者達以外には絶対に漏らしてはならん。各自の郎等らにも、だ。良いな」

義仲麾下の武将達にとって眠れない夜が明けた十一月七日の早朝、四天王筆頭樋口兼光は昨夜この場に集まっていた者達を前にして口火を切った。

「でなければ京の政局に多大な影響を与えてしまう事となってしまう。
ただでさえ噂や風聞を真に受け付和雷同してしまう貴族らが、この事を知ったとすれば一

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義仲戦記39「密告」

「今頃は西海で平氏追討の戦いにその身を投じておると案じておったが、どうやら息災の様で何よりじゃ」

閏一〇月一六日。
つまり義仲勢が電撃的に京に帰還を遂げた翌日、早速義仲は後白河法皇からの呼び出しを受け、法住寺御所・殿上の間に昇殿していた。

公卿らが並んで着座している中、義仲も着座し、手をつき深々と一礼すると、いきなり御簾の内から声が掛かったのである。
と、公卿らが一斉に緊張したのが義仲に感じ取

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