義仲館

長野県木曽町日義地区にある「木曽義仲」の顕彰施設です。リニューアルオープンは2021年7月4日! 義仲館の展示作品の背景にある「歴史」「伝承」「文学」をやさしい文章で紹介します。 収録伝承600以上。地図と共に掲載しています。

義仲館noteについて

義仲館noteのあらまし、使い方などが集まっているマガジンです。

  • 8本

はじめに

はじめまして!義仲館オンラインライブラリーnoteです。 義仲館は長野県の木曽町にある「木曽義仲・巴御前」の一風変わった顕彰施設です。 顕彰施設とは…?いったい何が展示されているのか…?は施設に足を運んでいただいてのお楽しみとさせていただいて、このnoteでは、義仲館の展示物のもととなった「伝承」を中心としたさまざまな情報を掲載しています。 「伝承」はカードのような小さいnoteになっており、およそ800あります。それらをテーマにそったマガジンごとにまとめています。

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義仲館 展示作品から見る義仲の歴史

義仲館に展示しているアート作品の背景となった義仲の歴史は、次のnoteで紹介しています。 ① 天の声② 義仲伝絵巻③ 木曽義仲相関図④ 義仲映像資料館⑤ 巴御前伝説⑥ 義仲軍を支えた木曽馬⑦ 義仲巴伝承地案内板

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義仲伝承地ガイド

 義仲館noteには600を超えるたくさんの伝承が収められています。地域別に作成したマガジンには、義仲館の展示物では紹介されていないものも含めたすべての情報が格納されています。  地域別マガジンを順にみていただけると、すべての伝承情報をくまなく見ることができます。気になる地名・県名をクリックすると該当するマガジンに飛ぶことができます。 ★noteの検索機能は限定的なため、伝承名・寺社名・人物がはっきりわかっているが、どのマガジンに入っているか見つけにくい場合は、Googl

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長野県の義仲伝承マガジンまとめ

伝承の館(木曽編)

木曽町・木祖村・南木曽町に残る木曽義仲の伝承を紹介します。

  • 21本

大桑八幡神社

弓矢神社ともいう。この八幡神社がある山を「兼平山」と言い、今井兼平が住んだとも伝えられている。

沓掛観音

義仲が木曾の桟で「75間飛べ」と馬に命じた。しかし74間しか飛べずに木曽川に転落してしまった。その馬が祀られている。 長野県木曽郡上松町

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お清の地蔵と伝説

おきよという女性が、義仲のために沢に水くみに降りようとしたが、足を滑らせ谷に落ちて死んでしまったという。その供養のために建てたのが「お清地蔵」お清が足を滑らせたところを「お清くずれ」という。 長野県木曽町開田高原

義仲の馬の墓

髭沢川に沿って3つの集落がある。上流の大きな集落は名馬の産地であった。その東側に末川本谷に通じる村道があり、少し上った小高い丘の上に何体かの馬頭観音が祀られるお堂がある。その傍らに一メートル余りの自然石があり、義仲の馬の墓と伝えられている。義仲が京都に攻め上る前馬の調査に来た時、不運にも相馬が死んでしまったので村人に手伝わせて埋葬した時の碑だという。 長野県木曽町開田高原

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伝承の館(辰野・下諏訪編)

  • 23本

城山(長野県辰野町)

義仲の砦となっていたと伝えられる。 長野県上伊那郡辰野町大字伊那富

手塚光盛①

長野県諏訪郡下諏訪町上久保

瑞光寺

義仲の守本尊だと言われる秘仏がある。旭観音堂の中にある。また義仲と武田信玄の位牌二基が安置されているという。 長野県辰野町大字横川 門前

千野

千野太郎光弘・大夫光家・七郎光重の名 長野県茅野市(諏訪郡千野) 諏訪神党。千野太郎光弘は樋口兼光のもとで活躍し、最後の戦まで同行した。大夫光家・七郎光重の名も見える。 駒形城跡は茅野城ともいい、千野氏の山城という。

義仲相関図QR

義仲館に展示している「義仲相関図」の絵画で描かれた人物・エピソードを解説しています。

  • 4本

3 清水義高の伝承

 清水義高は木曽義仲の長男です。  ドラマや小説ではわかりやすさから木曽義高と書かれることもあります。 義高を有名にしたのは、義仲と頼朝の対立のために鎌倉に送られたことからです。また、義高にまつわる伝承は意外にも広く分布しています。 ■ 義高と大姫のエピソード 清水義高と大姫のエピソードは平家物語ではあっさりと書かれており、後日談は鎌倉幕府の歴史書・吾妻鏡にこれまたあっさりとまとめられています。それらをまとめると、このようなストーリーが浮かび上がります。  義仲と頼朝の間

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馬と牧

十世紀初めに作られた『延喜式』には官牧(国で作った牧場)が書き残されています。 「左右馬寮」の官牧があったのは4か国・32牧 甲斐(山梨県)・武蔵(神奈川県北部~東京都~埼玉県東部)・信濃(長野県)・上野(群馬県) 「兵部省」の官牧は17か国・27牧 駿河(静岡県)・相模(神奈川県南部)・武蔵(神奈川県北部~東京都~埼玉県東部)・安房(千葉県南部)・上総(千葉県中部)・下総(千葉県北部~東京都東部~埼玉県東部~茨城県南西部)・常陸(茨城県北東部)・下野(栃木県)・伯耆

③木曽義仲相関図

 木曽義仲相関図は32枚のキャンバスに80名を超える人物が描かれ、義仲にまつわる様々な事柄をイメージした風景とともに描かれています。  「義仲館」は義仲を主人公にした施設です。他では見られない、義仲にまつわる複雑な人間たちの思惑を伝えられたら…と、アートの力を借りて目で見て感じられるように作成しました。  相関図を見てみると、どんな人たちが描かれているでしょうか。  衣装に注目してじっくり見てみましょう。  「義仲のことは小説やドラマで知っている!」というあなたは  どこ

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 暗闇に浮かび上がる炎の群れ。義仲の戦というと、炎のイメージがあります。もっとも知られている戦が倶利伽羅合戦だからでしょうか。 ★燃えていたのは牛の角!?倶利伽羅合戦 倶利伽羅合戦は、1183年旧暦5月に起きました。場所は、富山県と石川県の県境にあたります。義仲の軍勢5万騎に対し、平家の軍勢は10万騎。石川県から富山県へ侵入しようとする平家の軍勢は、二方向から富山県に向かって攻めてきます。能登半島の志雄山・北陸新幹線のトンネルが山を貫く倶利伽羅峠です。義仲は県境の富山県小

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伝承の館(愛知・三重・山梨)

  • 9本

龍照院

義仲が1182(寿永元)年に本堂と一山十八坊の堂塔伽藍を造立したという。寺領は76ヘクタールに及んだという。 巴が作らせたという義仲の位牌と大日如来像がある。 愛知県海部郡蟹江町大字須成字門屋敷上1364

山吹の伝承と石碑

黄柳地区を歩いていた旅姿の女性が射られて亡くなった。何も知らずに村人が弔ったところ「義仲の奥方」「名は山吹姫」などうわさがどこからか伝わってきた。その後信州諏訪の手塚氏が山吹姫の死を聞きつけ、墓を守るために移住してきたという。 愛知県新城市黄柳野

志田義広の墓

三重県伊賀市大山田村千戸

天神神社

義仲の家臣が住着き、義仲の霊と菅原道真とを祀ったという言伝えが残る。朝日天神社。 山梨県山梨市三ケ所